豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. G20―アリとキリギリスの対話の場
Page670

G20―アリとキリギリスの対話の場

2009年4月2日

ロンドンで開催のG20が話題になっているが、日々の相場の材料としては大きすぎるトピックだ。虫の目で見ても、ロンドン金融街シティーでの反銀行デモ集会とかオバマ夫人がエリザベス女王との接見で粗相をしでかさないかとか、せいぜいタブロイド新聞的話題しか見えない。

しかし、鳥の目で見ると、サブプライム後の世界経済が協調して立ち直れるか否かの核心を突く材料である。一言で言って、アリ組とキリギリス組の対話の場なのだ。

2008年12月12日付け本欄"アリとキリギリスの共存経済"(以下再掲)を書いたときから、事態は変わっていない。否、悪くなっている。世界同時不況の進行により、アリ組の蓄えは減っているのに、キリギリス組の借金は一向に減らない。ただ、その借金をキリギリス組の親分衆=それぞれの国が肩代わりしているだけだ。さらに、キリギリス組の中ではソブリンリスク(国の債務不履行リスク)さえ顕在化してきた。IMFは保有金を売ってでも何でも資金を補充して救済に乗り出せねばならぬ。

アリ組はとくに巨大キリギリス(米国)の借金の証文(米国債)を大量に保有する羽目になったことに、苛立ちを益々募らせている。ユーロが売られた結果、たまたまドル高になり、そこでドル高は米国の国益などとガイトナーに言われても、そんな"悪いドル高"なんて誰が信じられるかい、という態度である。しかも12月12日に、この話題を書いた後に、巨大キリギリス君は、自分の借金の証文をアリ組が引き受けてくれなければ、自分自身で引き受ける(FRBによる米国債買取)とまで明言した。

事態は確実に悪化している。米国は国債買い切りというエースカードを切ったことで、後はGMを事前調整型破産という荒療治で膿を出し切る程度しか策は残っていない。やはり、EU内の不協和音が目立つ欧州の歩み寄りがポイントになろう。さらに、中国の不満を抑えるには、米ドルに替わるSDRなどの新国際基軸通貨の議論も戦わせる必要がある。SDRの議論は、著書("金と通して世界を読む"59ページ)に書いたように、これまでは結局尻切れトンボに終わった。しかし、今回の未曾有の危機感が、SDRのような議論を本格的に復活させるキッカケになることは充分に考えられる。

そして、G-20から発せられるメッセージで最もインパクトがあるであろうことが、ドーハラウンド交渉復活だ。アリ組もキリギリス組も関税障壁撤廃というペイン=痛みをシェアすることで、ワークシェアより遥かに大きなメリットを享受できる。金融、財政政策による危機脱出は、インフレという後遺症を伴うが、自由貿易政策は手術一時の痛みに耐えれば、インフレという合併症の心配はない。ただし、関税撤廃で立ち行かなくなった自国内産業に従事する人たちが比較優位を持つセクターで再就職するまでのセーフティーネットとかサポートを充実させることが大前提となる。

そして我がジャパンに求められているのは政局安定じゃないの?昨日も英国のTVニュースで福田前首相の写真がASOと紹介されていたっけ...。 

最後に、最近本欄を読み始めた方のために、12月12日に書いたことを以下に再掲しておきます。

ふとしたことでイソップ物語のアリとキリギリスの寓話を読み直したのだが、そこに今のグローバル経済の縮図を見るような気がした。つまり、おカネをため込む国々と、おカネを使う国々で成り立っているということだ。

アリ組のメンバーは、原油輸出国(経常収支黒字8130億ドル、それがGDPに占める比率14.2%!)、中国(3990億ドル、9.5%)、ドイツ(2790億ドル、7.3%)、そして日本(1940億ドル、4.0%)。

キリギリス組は、ダントツで米国(経常収支赤字6641億ドル、4.6%)、次いでスペイン、英国、フランス、イタリアなどの欧州諸国が500億から1000億ドル前後の水準で並ぶ。

この二組の共存関係というのは、アリさんたちは、キリギリスさんたちが派手におカネを使ってくれたおかげで輸出で儲けられ、キリギリスさんたちは、アリさんたちが貯めたおカネを借りることで派手な生活を賄えたということだ。

もし、イソップ物語のように、アリさんたちの貯えがアリ穴の奥深くに退蔵されてしまっていたら、キリギリスさんたちも厳しい冬を越えられなかった。しかし、現代のグローバル経済では、金融技術の発達で、アリさんたちの貯えを キリギリスさんたちが借りるシステムが構築されている。債券市場を通じて 米国債やサブプライム関連債券をアジア中東諸国が購入するというルートである。

しかし、金融危機によりサブプライムルートは閉鎖されてしまった。そこで、米国債ルートに一斉に集中しているのが現状である。

今後の問題は、アリさんたちが、自主的に自分たちの貯えをキリギリスさんたちに融通してあげられるか、ということ。イソップ物語では、"夏の間に汗水たらして働いている間に、君たちキリギリスは遊んでいたのだから当然の報いだよ"とアリさんは見放す。しかし、世界経済が現在の金融危機不況を脱するためには、"君たちキリギリスさんたちが色々おカネォ使ってくれたおかげで、 いまの貯えがあるのだから、困ったときはお互いさまさ"という協調の姿勢が必要である。アリさんたちが"勝ち逃げ"しては、結局、アリさんたちも貯えが目減りするだけである。とくにアリさんの貯えの多くが、巨大キリギリス=アメリカ君の借金証文なのだから。

一方、キリギリスさんたちは、借金を国に肩代わりしてもらうか、棚上げにしてもらうかで、裸一貫とは言わないが、やり直す気持ちで臨まねばならぬ。もう借金して(レバレッジかけて)まで人生を楽しむという価値観は捨てることだ。かといって、反動で倹約の美徳に走られても、経済の牽引役=消費が減退するので困るのだ。これがケインズの言う"倹約のパラドックス"。借金しない範囲で、身の丈に合った人生をエンジョイすることだ。

他方、アリさんたちも、おカネを穴の中に貯め込んでばかりではいけない。その貯えを、安くなった株の購入に回すとか、贅沢ではない範囲で人生を楽しむとか、ほどほどにおカネの活きた使い方をすることが求められる。

とはいえ、以上述べてきたことは、あくまで経済原則から見て、かくあるべしという理想論に過ぎない。総論賛成でも、各論になれば、そんなこと言ったって将来の年金は不安だし、株だってどこまで下がるか分からないし、私にはとても"お国のために消費、投資する"などという余裕はありません、というのが本音であろう。ここに不況脱出の難しさがある。

2009年