豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. 静かに950ドル突破
Page694

静かに950ドル突破

2009年5月22日

今回の金950ドルは、金融危機型の急騰ではない。金融危機感の後退―リスク許容度の上昇―マネーが、逃避通貨(米ドル)から商品、新興国へ回帰というシナリオ。

ベンチマークのドルユーロのレートは1.39までドル安、ユーロ高、円高が進行。このドル安が、直接的には金高の引き金になっている。さらに、マーケットのテーマが、目下の金融危機から、その後遺症へ移行しつつある。すなわち、未曾有の財政出動と金融安定化のための大量資金投入の結果としての過剰流動性が、早晩、通貨増発型インフレを招くという懸念がジワジワと浸透中だ。その懸念に一番敏感なマーケットが米国債券市場で、米国債10年もの利回りが3%を超えるまで売られてきた。そして、過剰流動性は原油、新興国株などにも流入する構図となって、これも金価格上昇を加速させている。930ドルが強い上値抵抗線だったので、その水準を突破した瞬間から、空売り筋のストップロスの買い戻しが機械的に実行された。930ドルから950ドルまでの急反騰は、ひとえに、この内部要因による。

この930-950ドル水準では、インド、中東の金需要はほとんど枯渇状態。逆に売り戻しが加速している。つまり需給はジャブジャブである。しかし、欧州では個人投資家が、欧州系銀行の資産査定を懸念して、金貨購入に走っている。金ETFも再び増加基調。先進国の草の根レベルには依然、金融システムへの不安が根強く残る。昨晩の英国債の格下げ、依然くすぶる米国債格下げの議論なども流れるなかで、ソブリンリスク(国の債務不履行リスク)も再浮上してきた。

リスクといえば、トリはGM破綻リスク。織り込み済みとはいえ、米国失業率が9%を大きく超えるは必定。FRBの経済見通しも下方修正。実態経済の悪化懸念という呪縛から逃れられない。結局、商品としての金の需給はだぶつき気味だが、マネー(金融資産そして無国籍通貨)としての金へ、息を吹き返したリスクマネーが流入することで価格水準が徐々に上昇している。リスクマネーがリスクヘッジのために金市場に走るという現象とも言える。

リスク依存症、つまりリスクを取りリターンを求めるという投資マネーの症状は、慢性的に投資家にとりついている。でも、サブプライムで苦汁を飲まされた学習効果で、リスクを取るにしても、とりあえずヘッジの備えも講じておこうという心理が働く。サブプライムで懲りたものの(或いは懲りたはず)、でも、やっぱり懲りないというのが投資家の本音なのだろう。さほどの喧騒感を感じない950ドル突破である。

950-960ドルには、930ドルレベル以上に強い上値抵抗線がある。マーケットはW字型の真ん中の山を登山中。財政出動、大量資金投入という"カンフル剤"で上げていることを忘れてはならない。カンフル剤の効果が切れたときの禁断症状はマーケットのウツ症状であろう。

2009年