豊島逸夫の手帖

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2023年金需給の勘所

2024年2月2日

WGCが昨年通年の金需給統計を発表した。
まず断っておくが、金の需給統計を正確に捉えるのは不可能だ。これはWGCも脚注で推定を含み、不透明な要因が多いことを明記して認めている。一国の例えば年間宝飾需要を1トン単位で把握しようとしても、密輸などの「非公式」ルートで持ち込まれた金の量まで正確に分かるはずもない。使用量も申告ベースだ。更に金塊は溶かしてしまえば生産者を特定はできない。しかも年間需給統計は事後的(ex post)に需要量と供給量が同じにならなければならない。しかし精度が高いデータ、例えば上場している金鉱山会社の生産量、IMFに報告される公的金購入量、上場している金ETFの残高などをまとめると必ず総需要と総供給に差(residual)が出る。それを主として「投資需要」の「OTC」(インターバンクの相対取引)という項目に入れて調整している。WGCもOTCはopaque(不透明)だと認めている。それやこれやで金需給統計はおおまかな傾向が分かればよい。

そこで2023年の需給統計だが年間供給量は鉱山産金量が3644トン。二次的供給源のリサイクルが1237トン。いずれも歴史的に高い水準だ。それでも金価格は歴史的高値圏にある。

その理由は需要量が高値にも関わらず増えたからだ。
まず宝飾需要は2092トン。特にインドが562トン。中国が630トン。いずれもこれまでは安値拾いに徹していた二か国で、高値にも関わらずこれだけの量が買われたことは特筆に値する。人民元安も進行したから中国の国内金価格は円安の日本と同じく極めて高い水準にあったにも関わらずだ。但しさすがに今年は2000ドルを超えると中国経済の悪化もあり、実需は減る可能性があると記している。逆にリサイクルは2000ドルを超えると急増は必至だ。高値を付けた後の反動で下げ始めるとリサイクルがドサッと持ち込まれる傾向がある。

そしてopaqueなのが民間セクターの投資需要。金ETF残高が244トン減っているのに金価格は上がった。投資需要の総量ベースでも前年の1113トンから945トンに減っている。そこで別途項目として登場するのが不透明とされる「OTC and other」。ここが450トンも急増している。その実態だが、例えば超富裕層が金を数トンまとめ買いすると、そのたびに金塊を自宅に持ち込むわけではない。資産運用を頼んでいる大手金融機関に預かってもらう。その金融機関も顧客の売買ごとに金塊の受け渡しを行うわけではない。ロンドンのHSBCなど大手金取り扱い銀行(bullion bank)の大金庫に保管してある自行保有の金塊の中から当該の数トンを顧客名義に変えて分別保管する。顧客の売買のたびに帳簿の貸借記で処理するのだ。その間金塊はロンドンの大金庫(写真)に眠ったままだ。

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説明が長くなったが富裕層を中心として現物の金買いが増えたわけだ。金ETFだと投資信託ゆえ年間信託報酬を払わねばならないが、大手の富裕層に特化したプライベートバンク部門の優良顧客であれば、サービスとして金保管手数料程度なら徴収しない場合が多い(普通の顧客なら保管手数料を要求するだろうが)。

まぁここまであけすけに書けるのも独立系で失うものがない筆者くらいだと思うが(笑)。

そしてここからが23年金需給の最大のハイライトだよ。
それが中央銀行の金購入。1037トンを記録した。前年の1081トンからは微減だが、外貨準備として超長期保有されるので金価格の強力な下支えになるわけだ。筆者がよく使う表現だと中央銀行セクターが年間産金量の1/3を買い占めているということになる。おそらく今年もこの項目は1000トンを超すと思われる。仮にトランプ氏再選ということにでもなれば、世界の多くの国が自国ファーストという傾向が強まり、外貨準備の中で発行体のない無国籍通貨とされる金の配分を増やす可能性が強まりそうだ。

但し、今年の金価格形成においては2100ドル超えでリサイクルが増え、ジワリ相場の頭を打つ可能性に目配りが必要。顧客一人の金売却量は少ないので日々の出来高ベースでは目立たないが、通年で1300トンを超える可能性はある。更にアフリカ諸国の金生産が急ピッチで進行しているのでこれも供給増となる。貧困国にとって金鉱脈はまさに「お宝の山」ということになり、政府主導で開発が進むであろう。筆者は生産量ピークアウト説を唱えてきたが昨年の状況を見るに年間3600トン程度は続くとミカタを変えた。アフリカや環太平洋火山帯にはまだ未開発の金鉱脈が残っているかもしれない。

2024年