豊島逸夫の手帖

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NY金、最高値更新、背景にパウエル議長のトラウマ

2024年8月1日

2022年に今回のインフレが顕在化した当時、パウエル議長は「一過性」と断言した。痛恨の判断ミスを認めたのが2022年11月。しかしインフレ対策としての利上げを決断したのは2023年3月。この空白の5か月の間にインフレマグマは市場の底流で沸々と蓄積していた。後手に回った焦りからか0.75%刻みの利上げを3回続けるという荒療法もやってのけた。しかし金融政策の効果が出るには1年から1年半以上のタイムラグがかかる。例えて言えば臨床実験せずに強力なワクチンを立て続けに打ち、未だに効果点検に手間取っているようなものだ。

はらはら見守る市場の視点では、これだけインフレ鈍化のデータが揃えば、そろそろ点滴を減らしてゆく頃合いではないかと思われる。
確かにインフレは鎮静化に向かっているが、ここで治療の手を緩めると病状がぶり返すリスクが無視できない。一方、点滴をこのまま続ければ過剰投与で不況という副作用が危惧される。
31日の記者会見でも「雇用と物価のバランス」という表現が繰り返し使われた。

更に、ここにきて病院長がトランプ氏に変わるかもしれないという人事問題まで噴出してきた。新たな財政政策由来のインフレが既に市場ではホットな話題として論じられている。関税引き上げ、不法移民強制退去、そして法人・個人向け大型減税。いずれもインフレ的な政策だ。しかし金融政策の司令塔であるFRBには管轄外のことゆえ口を挟むことはできない。しかし結果的にインフレ再燃ともなればFRBも連座制の如く責を問われるは必至だ。

恐らく9月FOMCで利下げが決定されるとは思うが、11月の米大統領選挙で仮にトランプ氏勝利となればインフレ議論は振り出しに戻るだろう。

低金利を好むトランプ氏の経済政策は本質的にインフレ的という矛盾を孕む。無理やりに経済政策の整合性を保つために、もがけばもがくほど経済は混乱する。

日本人として気になる円安の問題もトランプ氏は「大きな通貨問題」と断じてみせたが、米国製品の国際競争力を守るための通貨安政策を捨てる気など毛頭なさそうだ。

結局、現時点では日銀のサプライズ利上げが効いて、円キャリートレードの巻き戻しが集中。円相場は150円台を割り込み円高優勢となっている。しかし中期の視点にたてばトランプ氏の意に反し、市場がドル高・円安に戻るシナリオが視野に入ってくる。

そもそも世界の貿易決済システムは米ドルなしでは機能しない。外貨準備も米ドル抜きでは語れない。代替的に金が外貨準備として保有される傾向も金価格上昇要因としては重要だが、全体図で見ればほんの一部の変化に過ぎない。

国際基軸通貨としての米ドルへの信認が薄れているが、長期的ドル優位の傾向は変わらず、円安も構造問題として残ると思われる。金本位制復活の議論などは「過去の遺物」である。

なお、NY金価格は史上最高値を更新したが、円建て金価格は円高要因による下げ圧力が強い。

2024年