豊島逸夫の手帖

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新興国発マネー騒乱、その真相は

2014年1月27日


普段は早寝早起きのウォール街のディーラーたちが、急に、夜更かしになった。新興国が市場のメイン・テーマとなり、アジア時間帯までウォッチせざるを得ないからだ。
なぜ、かくも唐突に市場の不安感が強まったのか。
そもそも、足元で懸念されている新興国経済リスクは、中国経済の変質と米国出口戦略の共振現象である。
新中国指導部が「脱輸出依存型経済」に動けば、中国依存型の新興国の経済成長は鈍化する。そこで、相対的に好調な米国経済に頼らざるを得ない。しかし、そ の米国経済好転がFRBに量的緩和縮小を決断させた。その結果、これまで新興国経済成長を支えてきた量的緩和マネーが国外流出してゆく。1月21-22日 にFOMCを控え、不安感が増幅していた市場心理は、アルゼンチンの異変にもパニック的に反応した。高速度取引やアルゴリズム取引もボラティリティーを強 め、市場の不安心理を示すVIX指数を急騰させた。
では、これからどうなる。
まずは、冷静に新興国問題を検証してみよう。


俯瞰すれば、過去10年間で、新興国の名目GDPは2倍になったが、新興国市場への広義のマネー流入は5.5倍に膨張した。
特に、IMFによれば、2007年以来新興国民間部門が起債した米ドル建て債券の総額は1.2兆ドルに達するという。この債券の保有者の一部が、資産圧縮 のための売却に走り、あるいは「相対的に安全資産」とされる米国債にシフトしている。新興国債券が売られれば、新興国企業の資金調達コストは上昇してしま う。
更に、思わぬ緩和マネーの大量流入の恩恵で、「身の丈を超えた」生活水準を享受した新興国国民の心理も高揚していた。そのタイミングは、政府部門にとって は、国民の痛みを伴う経済の構造改革を決行するまたとないチャンスであった。しかし、官僚制度、腐敗、コネなどで、資本の効率的配分が行われなかった。
2014年は、ブラジル・インド・インドネシア・トルコ・南アなどで大統領・首相選挙が予定されている。変化が期待されるが、やはり、政治的配慮が優先して、構造改革は益々後回しにされそうだ。


例えば、安倍首相が訪問したインドでは、ディーゼル油、家庭用調理油、灯油などのエネルギー価格を政府が決定し、市場価格との差額を補助金として政 府と国営燃料会社が拠出する。原油価格高騰が続くなか、この制度は、年に円換算で2兆円以上の規模に膨張して、財政悪化要因となっている。インド次期首相 有力候補のモディ氏(最大野党インド人民党)は構造改革を訴えているが、結局、国民に不人気なエネルギー補助金削減は先送りされそうだ。


総じて、新興国では、「アジア経済危機」の教訓から、ドル・ペッグから変動相場制への移行、外貨準備増強・公的対外債務削減・金融システム整備などの分野では、一定の進展が見られた。しかし、既得権益排除にまで踏み込む困難な政策は殆ど手つかずだ。
こうした構造改革の遅れにより、多くの新興国が、「双子の赤字」即ち、経常収支・財政収支の赤字をかかえている。政策優先順位も、インフレ抑制、経済成長 促進、通貨防衛の間で悩ましい選択に揺れる。この根源的ジレンマが解決されなければ、新興国経済不安は、今後も時折「噴火」して、市場の波乱要因となろ う。
直接投資(FDI)マネーは「安定株主」だが、ホット・マネーは政策の結果が出るまで待てない「浮動株主」である。後者は、満員の劇場内で、誰かが「アルゼンチンが火事だ」と叫ぶと、観客全員が狭い非常口に殺到する「劇場のシンドローム」現象を引き起こしがちだ。
とはいえ、長期的な視点でみれば、新興国の発展段階に共通するJカーブ現象に注目したい。縦軸に国の安定度、横軸に国の開放度を示すグラフを作ると、おおよそJの字に似たカタチになるという考察だ。(為替のJカーブ効果のことではない。)
初期段階では、強権独裁政治により、ある程度の国内の安定が維持されるが、民主化や経済構造改革の動きが始まると、一時的に不安定状態に陥る。しかし、やがて安定的な民主国家が樹立され、経済も長期的成長軌道に乗れば、長期安定路線に入るわけだ。
例外もある。旧ソビエトや北朝鮮のように、初期段階で挫折する国だ。
しかし、多くの新興国にとって、現在の不安定な状況は、歴史的に俯瞰すれば、まだ「産みの苦しみ」と戦っている段階なのだろう。


金は米国債とともに買われ、1273ドル。
プラチナは1435ドル。
値差は160-170ドル程度まで縮小した。
市場がリスク回避モードになると金のほうが買われる。
FOMCについては、サプライズはなさそう。
資産買い取りプログラムについて、月額100億ドル減額ペースは変わらないと思う。市場のほうが神経質になりすぎの感じ。
なお、昨日、NHK教育のサイエンス・ゼロという番組で、日本の金資源についてとりあげていました。非常に分かりやすかったです。再放送あるいはオンデマンドで視聴することをお奨めします。
番組HPはこれ↓


http://www.nhk.or.jp/zero/re_bc/index.html


なお、Jカーブは飲酒と健康の関係について「適度の飲酒は健康に良い」という議論の論拠にも使われる。横軸にアルコール消費量、縦軸に生活習慣病のリスクを取ると、やはりJカーブになるのだ。
非飲酒者に比し、少量飲酒者の疾患リスクは低いが、さらに飲酒量が増えれば、今度は非飲酒者より、虚血性心疾患、脳梗塞、糖尿病などのリスクが高まることが知られている。
そこで結論は、適量の飲酒は健康に良い、ということ。断っておきますが、あくまで「節度ある適度の飲酒」ですぞ!!

2014年