2014年3月18日
チューリッヒは貴金属市場においてロシアと密接にむすびついている。パラジウムはロシアが世界最大の産出国であるが、チューリヒの大手銀行が流通の 中継基地となり、そこでの「業界在庫」の多寡は価格形成に影響を与える。金についても、スイス系の銀行はロシア産金塊を多く扱う。
当然、スイス系の銀行とロシアは独自の連絡パイプを持つので、ロシア関連情報の把握は早い。
そのチューリッヒから流れてくる直近の話題は、「プーチンの次の一手はドネツィク」ということだ。
ドネツィクはウクライナ東部のロシアに近い位置にあり、人口百万人以上をかかえるウクライナ第四の都市である。ドネツ炭田を核とした、有力な工業地域ゆえ、所得水準も高い。
アゾフ海をはさみ、クリミアとドネツィク州が海岸づたいに位置する。つまり、実質的に黒海に面しているわけだ。
ロシア側から見れば、クリミア半島は地勢学的要衝だが、ドネツィクは経済的な要衝となる。
クリミアと異なるのは、ドネツィク地域の発展が19世紀にイギリス人により冶金工場が建設されたことに始まるので、「ロシアから見た飛び地」とはいえない ことだ。旧ソ連時代にロシア人の入植が始まったので、未だに、親ロシア系と親ウクライナ系の人口構成は割れている。とはいえヤヌコーヴィチ前大統領の出身 地でもある。
そこで、親ロ派が検察庁ビルを占拠、クリミア型の住民投票を要求などの事件が相次いでいる。
3月3日 日経コラム「ウクライナ緊迫、プーチンの本音と日本と市場への影響」でも述べたが、プーチン大統領は常とう手段として、まず相手の国に不安感を与え、その国の政府が強硬な対応措置を採ったところで、「混乱の収拾」という大義名分を掲げて動く。
ドネツィクには、既に、その兆しが見えるのだ。
18日の欧米市場は、「安堵相場」の様相で、リスクオフ・トレードの巻き戻しが生じたが、中期的な視点では、第一幕と第二幕の幕間と見るべきであろう。
オバマ大統領もプーチン大統領も今ここで引くことはできない。
プーチン大統領は、圧倒的な支持率を背景に、瀬戸際政策というリクスをとることができる。いっぽう、オバマ大統領は支持率が下落基調の中で、シリアに次いでプーチンに「一本とられる」ことだけは避けたい。
共に強面外交を続ける過程で、市場を刺激するレトリック(口調)が飛び交うと、再びリスクオフオードに戻る可能性がある。
市場が「安堵感」に浸りたい気持ちは分かるが、厳しい現実を冷静に受け止める必要があろう。
ちなみに、金のプロの視点では、ウクライナ緊迫で最も注目されるのは「有事の金」とはやされて投機的に売買される金ではなく、パラジウムだ。
ロシアが世界最大の生産国ゆえ、経済制裁で供給サイドに最も影響を受ける可能性があるからである。
なお、パラジウムは保険適用の歯科医療に幅広く使用されているので、ウクライナ情勢が、虫歯治療費に影響を与える可能性も否定できず、他人事ではない。