1.チャイナ・リスク
2009年、筆者はアドバイザリーをしている中国の大手銀行主催の夕食会で、金融関係者と円卓を囲んでいた。上座に中国人民銀行の女性局長。その横に筆者。そして商業銀行の幹部クラスが共産党の肩書の順に決められた席に座っていた。 金融危機という自由主義経済の失敗により、中国側は、国家資本主義的な経済モデルに自信を深めていた時期である。 「日本でも国が経済を主導する時代ではないですか?」 そんな質問が筆者に飛んだ。 米国では銀行そしてGMまでが実質国有化。対する中国では、集中的な景気刺激策が経済を浮揚させた。 自信に満ちた局長の顔が印象的であった。
そして5年。 GMの経営は好転。米国財務省は保有する同社株を全て売却。そして新CEOに女性のバーラ氏指名を自信に満ちた表情で発表した。 米国経済は復活の道を歩み、中国経済は、脱・成長至上へ舵を切りつつある。 「中国経済はなりふり構わぬ景気刺激策のおかげで一時的に輝いて見えただけ。むしろ量的拡大型の成長のツケが廻ってきた」との反省発言も現地では聞かれるようになった。
2014年、中国のリスクは「成長と改革の二兎を追う」ことにあろう。 「清く、正しく、低成長」を目指す習近平体制。 「李克強首相は、改革と開放を断固追求し、市場参加者の創造性を刺激する、と訴える。そのためには国の独占を崩壊させねばならない。」との声も北京の知識層から聞こえてくる。 しかし、中国国民は、「改革の痛みと、低成長の痛み」に耐えられるのだろうか。 経済自由化を進めれば、市場原理が導入される。規制されてきたエネルギーや土地の価格、そして金利も上昇する。 一方、民間では、四大格差問題に対する不満噴出が、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」などSNSを通じ、連鎖的に拡散中だ。 四大格差とは、中国の東部と西部の間の「東西格差」、都市と農村の「城郷格差」、国営企業と私営企業の「業種格差」、そして「貧富格差」を指す。 国有企業職員は全国職員数の8%にすぎないが、全国職員の給料総額の55%を占めるという「業種格差」。 農民は割り当てられた農地を売却したり賃貸したりする権利がない。地方政府が土地販売を独占することで、地方政府の重要な収入源となっているのだ。 2013年の三中全会で、農民が土地の使用権を融資の担保として認める土地改革案なども議論されたが、抵抗勢力の地方政府は既得権死守の構えだ。
さらに、社会不安の温床ともなっているのが、北京など大都市にまん延する「三奴」の傾向だ。カード、マイホーム、マイカーの奴隷となり、物欲が満たされないと不満を格差問題に置き換え、政府に対する抗議行動を引き起こす。 そこで、2014年の真の中国リスクが頭をもたげる。 主要企業の隅々にまで張りめぐらせた共産党支配の限界である。 開放改革経済をどこまで統治できるのか。
さらに、軍と党の間の隙間風が、「防空圏設定」という軍の独走とも思える地政学的リスクを産む。 加えて、2013年末に突如実行された安倍首相靖国参拝は、軍と党が、日本という共通の脅威に対して団結する機会を与えてしまった。これで2014年中の日中関係修復は不可能になった。チャイナ・リスクは複合化の様相を呈している。
2.米国は金利リスクに注意
2013年、5.23株暴落の前週、筆者は今年のノーベル賞経済学者でエール大学教授シラー氏を、研究室に訪ね対談した。 彼は、自らが開発したCAPEレシオ(景気変動調整後の株価収益率)という指標を示しつつ、NY株が過熱気味であることに、既にその時点で警鐘を発していたのだ。
そして11月。 彼は、米国株のCAPEが25に達したとして、「バブル警戒予報」を出した。一般的に28になるとオーバープライスという。 著名投資家カール・アイカーン氏など、米国株史上高値更新に警告を発する人は増えている。
2014年は量的緩和縮小そして次の段階である引き締めが意識される年ゆえ、米国株急落があるとすれば、キッカケはドル長期金利の急騰或いはボラティリティー高い乱高下であろう。 量的緩和政策は、国債買い取りを通じて米国長期債利回りを直接的に抑制する。しかし、緩和縮小から引き締めへの過程では、金融政策がフォワード・ガイダンスに移行する。これは口先介入のようなものだ。利上げが考慮される市場環境、特に失業率のハードルを6.5%と明示することで、引き締めの執行猶予期間を市場に伝え、市場の過度なインフレ期待を抑制する政策手法だ。この6.5%を6.0%と低めに設定すれば、量的緩和が終了しても、利上げ実施までの時期は実質的に2015年以降と理解される。市場は、引き続き緩和バイアス強しとイエレン次期FRB議長のメッセージを受けとめ、一定の安心感に浸る。しかし、ここで、マーケットの楽観が強すぎると、まさにバブルになる可能性がある。そこで、タカ派が増える新FOMCの投票権を持つメンバーの意見も汲み上げ、コンセンサス重視のイエレン氏は、「インフレ・ファイター」としての釘刺し発言も周到に準備しているだろう。
短期金利は歴史的低水準に「長期間」維持することで、短期金利は低目に抑え、景気を下支える。同時に、フォワード・ガイダンスで長期金利を安定的水準に維持する。 13年後半の10年債の利回りは上昇したものの2.5%から3%のレンジに抑えられた。一方、短期金利のベンチマークである2年債の利回りは0.25%から0.3%の低い水準で推移した。この2年債と10年債の利回りスプレッドは歴史的に300ベーシス(3%)を上回ったことはないので、既に、かなりレンジの上限に接近している。 もし、この長短スプレッドが300ベーシスを突破して急騰するケースは、市場がフォワード・ガイダンスという口約束に強い不信感を抱くときだ。 既に2013年9月、市場はバーナンキFRB議長の言葉を信じて、こっぴどく裏切られている。「緩和縮小延期」というちゃぶ台返しであった。この当日に、筆者はNY証券取引所で友人の著名投資家ジム・ロジャーズ氏とフロアで対談していたのだが、ヘッジファンドが慌てて「倍返し」でポジションをひっくり返すなど、まさに修羅場と化していた。
2014年は、量的緩和という直接的に長期金利を抑え込む政策から、人間の心(期待感)に訴える間接的な政策に移行することがリスクである。 失敗すれば、直ちに住宅金利上昇を通じて実体経済に悪影響を与える。そしてNYダウも急落のリスクがある。
3.欧州「日本型デフレ」リスク
2013年後半の外為市場は、最強通貨がユーロ、最弱通貨が円という展開となった。ユーロ圏がマイナス成長から脱し、スペインなどの経常収支が黒字化した。加えて、ECBの「緩和度」がFRB・日銀に比し弱いことで、相対評価によるユーロの対ドル・対円レートが急浮上したわけだ。 しかし、共通通貨導入により為替調整が出来ないユーロ圏諸国には、国際競争力を高めるための通貨安競争参加という選択肢がない。結局、賃下げという骨身を削る策に頼らざるを得ない。その結果は、たしかに企業業績は好転し株価も上がるのだが、国民は「緊縮疲れ」に陥り、需要が激しく減退。失業は増え、物価に低下圧力がかかる。ユーロ圏の物価上昇率は0.5%~1%のディスインフレ状態が続きそうな様相なのだ。そうなると、名目GDPも増えず、税収も落ちて、財政出動も出来ず、更なる緊縮政策を招くという負の連鎖に陥る。
筆者は、2012年のギリシャ救済合意の当日、アテネにいた。その日の現地新聞の見出しは「ねばり勝ち」。流動性はECBが構造改革推進の条件つきで供給できるが、産業基盤が弱いのでソルベンシー(債務返済能力)改善は望めない現実を痛感した。借金は、身の丈を超えると借りた者勝ち。貸した側のメルケル首相がドイツ国民との間の板挟みで呻吟している。
2014年は、ドイツ頼みの結果、「引っ込みメルケル」になるリスクをはらむ。セーフティーネット構築によりユーロ崩壊リスクは後退したが、ユーロ高の実態は脆弱である。
さて、あけましておめでとうございます。 正月は連日、午前中はガーラ湯沢に通ってスキー。 午後に帰宅して、寝床で子猫ちゃん(girlではなくcatだよ ←笑)とヌクヌク、こたつむり状態。 最近購入したフワフワのダブルサイズ毛布に、蓑虫みたいにくるまってね。 でも、目はPC画面のフィナンシャル・タイムズやウオールストリートジャーナル電子版を拾い読み。(恒例の日経ジェフ・ムックの出版が控えているので、頭の中はON。でもカラダはOFF)
なお、年末に仕込んだ原稿が、年末年始号の週刊エコノミスト、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、日経マネーに掲載されたことは12月24日づけに書きましたが、年初も掲載が続きました。 1月1日 日経電子版、金つぶ更新 1月3日 日経電子版、インタビュー記事「株高、NISA,投資初心者こう動け」 (マネー面→やさしい投資→投資スタートアップへ) 1月5日 日経ヴェリタス 4ページ「2014年 マネーはこう動く」
総じてマクロ経済・マネーフロー関連について書いています。 金市場に関しては、週刊ダイヤモンド・週刊東洋経済年末年始号の原稿を読んでください。(今日から新年号だから、会社の雑誌コーナーに、まだあるかな。) 投資初心者は上記1月3日づけの日経電子版記事を読んでください。会社四季報やマネー誌を読んでも分からない初心者向けのアドバイスです。
なお、年初の貴金属相場はドル安(円高)の展開の中で、上げで始まりました。歴史的低水準にある米国ドル金利の現状がイエレン新FRB議長のもとで長期化するとの見通しによるドル安です。 プラチナは1400ドル突破。いい感じのスタートですが、まだ年初でNY市場でも取引が薄いなかでの上げだからね。
今週の雇用統計が、最初の大きなハードル。