豊島逸夫の手帖

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雇用統計後の市場を読む

2014年9月8日


「雇用統計のヘッドライン的な「非農業部門新規雇用者数」と「失業率」の振れは大きいが、市場の反応は一時的にとどまるので、あまり振り回されないほうが賢明だろう。
イエレン氏が重視する労働参加率、長期失業者、非自発的パートタイマー数などの「雇用の質」は構造的問題ゆえ、月々の振れが限定的だ。バーナンキ時代に比し、労働市場での「たるみ」をいかに解釈するか、との議論のほうが重視される傾向がある。」
9月3日付け本欄にこう書いた。


そして5日に発表された雇用統計。
「非農業部門新規雇用者数」は大方の予想を裏切り、14万2千人と急減した。
発表直後は、「急減」のキーワードにアルゴリズム取引が自動反応。米10年債利回りは2.39%台まで急落後、2.43%近くまで急騰。米国景気悪化懸念により株は売られ、FRB緩和継続期待により金は買われた。いっぽう、ドルは売られ円は買われるという市場間のまちまちな動きに市場の当惑ぶり透けた。しかし、その初期反応は一時的にとどまった。


中期的に見れば、今後9月16-17日のFOMCで、イエレン議長が、8月の雇用統計をふまえた上で、どのような見解を示すか、が最も重要だ。


まず、今回の新規雇用者数急減は、おそらく「ノイズ=雑音」とされるだろう。前例がある。6月FOMC前日に、消費者物価上昇率が2.1%増と予想を大幅に上回ったことを記者会見で突っ込まれ、「そのようなノイズを除けば、インフレ率ペースは緩やかな軌道」と一蹴したのだ。
イエレン氏はあくまで長期的視点で「雇用の質」を重視する。
そこで、2013年8月と2014年8月の「雇用の質」を比較してみた。


2013年8月

2014年8月

労働参加率

63.2%

62.8%

×

27週以上の長期失業者数 (千人)

4,269

2,963

非自発的パートタイマー数(経済的理由)(千人)

7,898

7,277

平均時給

$24.03

$24.53

×

平均週給

$829.04

$846.29

×

ディフュージョン・インデックス*

63.1

59.1

×

代表的雇用指標

非農業部門新規雇用者数増(千人)

202

142

失業率

7.2%

6.1%


脚注*ディフュージョン・インデックス
雇用を増やした業種と減らした業種の比較で、50が平均値。


以上を、これまでのイエレン氏発言などに基づき総合的に評価してみた。
8月非農業部門新規雇用者数の落ち込みは、統計的な「外れ値」とも見られる。傾向値としては20万人の大台を維持している。失業率は大幅に改善したが、労働参加率下落による理由もある。
そして、「雇用の質」の評価だが、長期失業者数と非自発的パートタイマー数は一年前に比し、減少している。しかし、それぞれ300万人近く、700万人強と絶対数は依然多い。なにより、賃金上昇が鈍い。


総じて、改善傾向は顕著であるが、完全雇用が賃金を押し上げる状況には、まだほど遠い。9月FOMCの時点で、利上げ時期が決定されるには、まだ時期尚早であろう。それでも、ハト派とタカ派の議論は従来よりヒートアップしそうだ。常識的には、現在の市場の予想平均が収斂している「来年半ば」が最も現実的な落としどころと見られる。それより早い、例えば2015年1-3月期との議論が優勢となれば、市場では「早すぎる利上げ」とされ、株安、ドル高、商品安に一時的に振れるだろう。逆に、2015年10-12月期とされれば、「利上げが後手にまわるリスク」が意識され、インフレ懸念が高まる可能性がある。その場合は、株高、ドル安、商品高となろう。なお、債券市場は、低金利状況に変化の兆しが見られない。


なお、FRBが利上げに踏み切っても、巨額国債買い入れにより膨張した資産規模が減少するには、少なくも数年はかかる。その間、日銀と欧州中央銀行(ECB)が量的緩和を続けると、市場の過剰流動性が資産インフレを誘引するシナリオも、現実味をおびてきた。

2014年