2014年12月12日
WTI原油先物価格がついに60ドルの大台を割り込んだ。
11日には米国ルー財務長官が「原油安の家計への実質減税効果」に言及していたが、同日発表の11月米小売り統計も、事前予測の0.4%を上回る0.7%を示し、前年同期比では5.1%増となった。
原油が60ドルを割り込めば、今年のクリスマスに向けて、消費者心理は1所帯あたり750ドルと推計される「臨時ボーナス」で盛り上がるだろう。特に、今シーズンは、ブラックフライデー短期決戦から、オンラインでじっくり見定めて買う長期戦にシフトしているので、心理的影響がジワリ効きやすい。
一方で、シェールバブルの危うさも強まる。
最近、シェールオイルの採算コストが話題になるが、リグと呼ばれる採掘施設ごとに、コストが割れるので、全体像が分かりにくい。例えば、最大のバッケン(ノースダコタ州)は40ドルから70ドルのレンジに分布している。テキサスのイーグルフォード地区も40-70ドル。同パーミア盆地で40-50ドルといわれる。
このようにコスト統計の分布が広いことが、原油先物市場の投機家にとっては、相場を動かしやすい原因ともなっている。都合の良いように、後講釈でいいとこどり出来るからだ。
それにしても、WTI価格が50ドル台ともなると、一部のシェールオイルが採算割れに落ち込む例は増えるだろう。
また、シェールオイルの生産コストも急増中だ。
ノースダコタ州鉱物資源局の統計によれば、州内の一油田当たりコストは2009年580万ドルから2014年には890万ドルへ増加を示している。その主たる要因が、土地リース価格の急騰だ。
更に、シェールオイル開発に投入された資金の焦げ付きなどが、金融機関にも波及する可能性も強まる。但し、全米から見れば、一部の州の「シェールバブル破たん」ゆえ、その影響も限定的だ。
いっぽう、OPEC諸国の採算コストはサウジが10ドル以下、ナイジェリアが20-40ドル、ベネズエラで30ドル程度と言われる。シェールオイルに比し、価格競争力はある。
(ちなみにロシアも陸上油田で40-60ドルと、微妙なところにある。カナダのオイルサンドは50-100ドルといわれ、こちらは苦しい。)
しかし、米国を除く産油国は、原油輸出依存型経済ゆえ、60ドル割れはきつい。財政均衡価格(財政赤字を回避できる価格水準)の推計を見ると、サウジが99ドル前後、ロシアが100ドル前後、ナイジェリア120ドル前後、ヴェネズエラ160ドル前後となる。
サウジアラビアは75ドルが3年続けば、財政が危機的状況になるとの観測もある。
今や、シェア争いで、サウジアラビアと米国の「我慢比べ」の様相だが、このままでは、共倒れリスクが高まろう。
次に、今回の原油安は、FRB副議長フィッシャー氏が言うとおり「サプライショック」の面が強い。
しかし、需要も中国経済減速の影響を避けられない。今週開催の中国経済工作会議では、習近平主席が、「新常態=ニューノーマル」との言葉を使い、「清く正しく中成長」の方向性を打ち出した。これは経済成長率7%を意味すると市場では解釈されている。
更に、ギリシャ不安再燃の欧州経済低迷も、需要不足観測に拍車をかける。
ここも原油空売りに走る投機筋が囃すところだが、中期的には新興国も原油なしではやってゆけない。特に、内需型経済のインドが原油安の恩恵を最も強く享受する国であろう。ただし、インドは軽油・ガスなどエネルギー関連で手厚い政府補助を行ってきた。大統領選挙でも、エネルギー関連で、補助金付きLPGボンベの供給を一消費者あたり6本に制限する案が大議論を呼ぶほどだ。それゆえ、原油安効果を国民が感じにくい。
インドネシアでは低所得者向けの「補助金つきガソリン・軽油」に関して、補助金が削減されつつあり、市民感覚では、ガソリン高となっている。
長期的には、補助削減・廃止という構造改革に追い風となりそうだ。
IEA(国際エネルギー機関)の推計では、ガソリンなど化石燃料に対する補助金の総額は世界で5440億ドル(2012年)と、世界GDPの0.7%に相当する。
最後に、60ドル割れが来週開催のFOMC直前に起こったことで、米国利上げ議論への影響も避けられまい。
NY連銀ダドリー総裁は「原油価格が20ドル下がれば、産油国から消費国へ6700億ドル(約80兆円)の所得再配分効果がある」と語った。
しかし、インフレ率が目標とする2%に届かないディスインフレ状況で、原油安が加速することは、無視できまい。
特にハト派が、米雇用統計後高まる早期利上げ論への反対論の根拠の一つに挙げることは充分に考えられる。これは、外為市場で、ドル安・円高要因となる。
かくして、原油60ドル割れの影響は多岐にわたる。
NY先物取引所では、ほぼ売り一色状態だ。
モルガンスタンレーも2015年4月に43ドル予測を出した。
先安感の強い原油価格だが、その光と影も濃厚になりつつある。