2014年11月25日
スイスは1500トン(年間金生産量の約半分)の金を購入するか否か、今月30日の国民投票にかける。
ユーロ安の反動で、スイスフランは放置すれば高くなるばかり。そこで2011年には1ユーロ=1.20スイスフランに維持するためのスイスフラン売り、ユーロ買い介入に乗り出した。しかし、ここにきてユーロ安が進行。1.20の防衛ラインがジリジリとブレークされそうな事態になっている。円高時代の日本同様、スイスフラン高のスイスは外人観光客にとって「最も高い国」となりつつある。
その観光を基幹産業とする国の国民も悲鳴を上げ始めた。
しかも、巨額のユーロ買い為替介入の結果、外貨準備として保有するユーロは増えるばかり。その価値は日に日に減価してゆく。
そこで、一部国民の間から、永世中立国としてユーロに左右されず、経済的独立性を死守するために、「無国籍通貨」の金を購入せよ、との市民運動が始まったのだ。
ここで「金」という発想になるのが、いかにもスイスらしい。
中世以来、異民族の侵入を受け、通貨の呼称も頻繁に変わり、「究極の通貨」は金(ちなみに、これはグリーンスパン元FRB議長の上院公聴会での発言)との国民的認識が極めて強いお国柄なのだ。
しかも、国民感情として納得できないことが、2000年以降、スイスは公的保有金2590トンのうち、1040トンを当時の金価格300-400ドル程度と、現在の1/3から1/4の値段で売却してしまったことだ。
更に、先進国での金融政策への過度の依存の結果、中銀バランスシートが異常に膨張しつつあることへの懸念も、背景に指摘されよう。
そこで、30日に国民投票にかけられることが、1)中銀総資産の20%を金にする、2)中銀保有の金は売却しない、3)国外保管の金をスイスへ持ち帰る、の3点である。(ちなみに、3については、既にドイツ連銀がやはり国民運動の結果、実行を決定している)。
スイス中銀総資産の20%にあたる金となると、約1500トン相当に達するので、万が一可決されると、金価格への影響は計り知れない。
しかし、筆者の見解では、実現性は難しい。
最大のネックは、中銀が購入した金は売れない、という点にある。
流動性を制限された資産を保有すれば、中央銀行として、機動的な民間への資金供給調節が出来なくなる。国家経済安全保障の観点からは「有事」を金売却で凌ぐことも出来ない。これでは、なんのための金保有か、が問われよう。しかも、スイス中銀のバランスシートが、金価格変動リスクに晒される。加えて、金はインカムを産まない。
とはいえ、最近の世論調査では、賛成派と反対派が40%前後で競り合っている。
そして、欧州中央銀行内で議論されているとされる国債購入による本格量的緩和についても、購入対象資産として「金」を候補にあげる意見が出始めた。
資産担保証券(ABS)もカバードボンドも社債も、単体では流動性が充分ではない。そこで、国債やむなしとの意見が強まるわけだが、主権が異なる国の集合体ゆえ、どこの国の国債を買うか、という問題が実務的に残る。そこで、「無国籍通貨」の金という選択肢が浮上するわけだ。
しかし、ドラギECB総裁が目標とするECBバランスシート増額1兆ユーロという規模に比し、金市場はあまりに小さすぎる。
更に、ECB金購入により金相場が上昇すれば、恩恵を受けるのは金投資家に限定される。そして、民間で金は退蔵され、再生産のために働くことはない。これは、マイナス金利まで導入して、マネーを民間融資に誘導して、民間資金の活性化を図るECBにとって容認しがたいであろう。
いっぽう、民間に退蔵されている金を購入することで、「不毛の資産」の流動化には資する可能性はあるかもしれない。
いずれにせよ、このECB金購入については、最近の欧米で賛否が議論される機会が増えていることは事実だ。
筆者は、日本こそ、世界第二位の外貨準備の一部を金で保有すべきと考える。
世界の外貨準備としての金保有額を見ると、米国がダントツで8133トン。ドイツは3384トン。イタリアは2451トン。フランスは2435トン。ロシアは1149トン。中国が1054トン。スイスは1040トン。そして(IMFを除く)9位に日本765トンが来る。
外貨準備に占める金の割合も、米国は71%、独伊仏は60%台。しかるに、日本は2%である。
米国は「金廃貨」を主張すれど、世界一の量の金をしっかり保有している。対して、日本は米国の借金証文をしっかり保有している。
外交上の配慮から、日本政府としても、公的準備金の増強には動きにくいのだろう。
金を買うことは、米ドルへの不信任投票ともみなされるからだ。
NYでこの問題をヘッジファンドたちと論じたとき、「サンキュー、ジャパン」とウインクされた。
さて、今週号の日経ヴェリタスに、「円安120円説の死角」について書きました。コラム「逸's OK」です。
それから、今月号の日経マネーには、「豊島逸夫の世界経済深層真理」で「海外マネーの震源地を日本に見た」。
それから、付録の金別冊では、亀井幸一郎と池水雄一との3人の見方の違いが浮き出て興味深い。私が監修したけど、ここの部分だけは、初稿見ないようにして書いたし(笑)。巻頭対談は木佐彩子さん。為替対談はシティーの尾河眞樹。
前回本欄で告知した、日経マネー主催のオープンセミナーは、11月30日が東京会場、12月6日が大阪会場です。間違わないでね。
そして、連休は、スキーシーズン近づき、カラダ作りの自主トレ。だんだん、ワクワクしてきた^^^^。
なお、連休中に日経電子版で「中国サプライズ利下げに潜むリスク」
について書きました↓
上海の取引所創設に関わり、その後、大手商業銀行為替貴金属部門のアドバイザリーを務めたときのこと。
中国人民銀行主催で、民間銀行の部課長クラス100人程度を集めたセミナーで講演した。ステージの傍らには人民銀行の女性局長がお目付け役のごとく座っていた。
セミナー後の「懇親会」では、その局長が、「党の方針」を誇らしげに語った。
この国に中央銀行の独立性はないと感じた。
優秀なテクノクラート集団なのだが、常に、「北京の長老」たちの視線を意識している。
大手民間銀行のプロジェクトチームにアドバイザリーとして参加して、銀行内部に入り30代中心の若手と一緒に働いたこともある。支店廻りに出たときには、「理財商品」販売現場にも遭遇した。融資金利決定に際して、融資先の「党への貢献度」や「地方政府からの一言」も考慮されていた。
金利調整機能が理論通りには働かない国だと感じた。
そもそも、貸出金利と預金金利の基準金利スプレッドが、3%程度開いており、金利自由化への道のりも遠いと思った。
それでも、貸出金利は6%、預金金利は3%であれば、「伝統的な金融政策」である利下げの余地を充分に残す。ゼロ金利で非伝統的政策に依存せざるを得ない日米欧に比し、まだ政策の懐が深い。
人民銀行はその伝家の宝刀を、21日に突如久しぶりに抜いた。
否、北京指導部が抜かせた、というのが実態だろう。
経済成長率が鈍化するなかで、これまでは、金融緩和といっても、低所得者層や中小企業に限定した融資促進策を、小刻みに繰り出してきた。それが本格利下げとなれば、その最大の恩恵を受けるのは、国営大企業や地方政府となり、いわゆる「はこもの」への過剰投資が再び急増しかねない。シャドーバンクを救済する結果となるリスクもはらむ。
ストック調整を進める国が、更なる供給過剰の道を歩んでしまう。
それでも、今回、あえて利下げせざるを得なかったところに、現在の中国経済の苦境が透ける。
市場では、日米欧中同時緩和を囃し、リスクオン・パーティーが始まった。
しかし、中国の場合、不動産不況対策は、常に、不動産バブル醸成と紙一重のリスクがある。
預金金利設定に若干の自由度を与えたことで、預金金利上昇が「輸出依存から消費主導経済への移行」へ多少なりとも貢献することが期待はできる。
しかし、国内の四大格差解消は容易に解消されず、国民の不満は鬱積している。(四大格差とは、中国東部と西部の「東西格差」、都市と農村の「城郷格差」、国営企業と私営企業の「業種間格差」そして、「貧富格差」を指す。)
この不満が、社会不安と化すことを、北京の党指導部はもっとも嫌う。
マクロ経済的には、インフレと失業が、その原因となりやすい。
現状では、物価上昇は2%以下に鎮静化したが、不動産不況が素材産業に及び、工場閉鎖にともなう解雇が増加中だ。
そこで、景気テコ入れ策として、利下げがしやすい経済環境といえる。
金利機能が充分に働かない国での利下げが、どれほどの効果をだすかはなはだ疑問ではある。そもそも、民間資金需要が弱い。
それでも、通貨安に誘導する手段としては有効であろう。
今回の利下げ決定は、明らかに日銀サプライズ緩和後の円安急進を意識した動きと読める。
日銀追加緩和に対抗する通貨安競争の兆しともいえよう。
今回の中国利下げは、資源国通貨にとっては朗報だが、韓国などアジア諸国では自国通貨安政策へのバイアスが強まりそうだ。