豊島逸夫の手帖

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2014年、世界の目は「日本型デフレ」と「日本型インフレ」に

2014年1月17日


これほどリラックスしたバーナンキ氏の壇上での質疑応答は見たことがない。
市場が注目した16日のバーナンキ講演を見ての最初の印象だ。
金融危機のときは「眠れない夜もあった」とも率直に述懐した。
TARP(不良債権買取プログラム)は不評で、ある上院議員に賛否を聞いたら、選挙区ではフィフティー・フィフティー(五分五分)だという。5割はNO(反対)、残りの5割はHell No(絶対反対)だったというジョークまで飛び出した。
まだ後遺症は残るが、総じて、今や笑いごとで済んで良かった、というところか。


しかし、質問が「未曽有の量的緩和にもかかわらず、物価水準が低い」との指摘に及んだときには、やや表情を硬くして、「その理由は、まだ議論の段階open to question」と答えた。
くしくも、この記者会見直前に発表された米国消費者物価指数は2013年1-12月期で、1.5%。食品とエネルギーを除くコア指数でも1.7%と、FRBが目標とする2%から下振れの状況が続いている。
ユーロ圏のインフレ率も0.8%と、2011年の3%以来の下落基調が継続中だ。
欧米のディスインフレ基調が益々顕著である。
ラガルドIMF専務理事も、15日にワシントンで、欧米経済の「インフレは精霊だが、デフレは断固戦うべき魔神だ」という表現で懸念を露わにしている。


この物価水準低迷の理由だが、ユーロ圏は明確だ。
地域共通通貨を導入した南欧の国々は、自国通貨安政策で輸出を増やす常套手段を使えない。リストラ、賃金引き下げ、安値競争という身を削る手法で自国製品の国際競争力を維持するしかない。
ユーロ導入時の「夢」は、モノとカネの国境がなくなれば、南欧もドイツも同じ生活水準となり欧州全体が潤う、ということであった。しかし、現実には、「故 郷離れ難し」の情は強く、労働流動性向上には限界がある。その結果、景気水準の異なる国々に、同じ金利水準を強いる結果となる。そこで、低金利のインフ レ・バイアスを警戒するドイツの影響が強いECB(欧州中央銀行)の金融政策は、南欧の債務国に対してデフレ・バイアスが強くなりやすい。


いっぽう、米国の物価水準低迷の理由についてはエコノミストの間で議論が分かれる。
技術革新による労働生産性の向上、グローバリゼーションによる安価な新興国製品の浸透、そして、株主優先、従業員の賃金上昇は抑制傾向という構造要因がまず挙げられる。
財政赤字をかかえる先進国が量的緩和をやっても、ばら撒かれたマネーは債務返済か、将来への不安から貯蓄されるだけなので、インフレ効果を期待できないとの考えもある。更に、デフレは借金の実質価値を増加させ、借金返済を難しくする、という負のスパイラスに陥りやすい。


そして、最近話題になったのは、次期FRB議長選考過程でイエレン氏の対抗馬とされたローレンス・サマーズ元財務長官の「米国経済、永続的スタグ ネーション(停滞)説」だ。筆者流の解釈で、ひらたくいえば、物価は経済の血圧のようなもので、米国経済は体力的に低血圧症なのではないか、との見立て だ。この症状に対しての処方箋は、金融政策ではなく財政出動が有効との治療方法を薦めている。
ノーベル経済学者のポール・クルーグマン教授に至っては、「日本型デフレのホールマーク(品位証明)がついているようなもの」と一刀両断している。
しかし、冒頭に述べたバーナンキ氏の答えの如く、まだ議論はオープンで、結論は出ていない。


そこで、先進国中、いやでも目立つのが日本のインフレ率上昇だ。
物価上昇率1.2%、しかもコアでも上昇となると、欧米の見る目も変わってくる。
「日本型デフレ」より「日本型インフレ」の今後について興味津々である。
結局デフレに逆戻りするのか、或いは、黒田日銀の異次元緩和が異次元の物価上昇を招くのか。世界経済のためにはアベノミクスに成功して日本経済も牽引役の 一端を担ってほしい、との本音・願望も見え隠れする。バーナンキ氏は「近隣富裕化策」と述べている。対して、「日本はデフレを輸出している。近隣窮乏化策 だ。」「通貨安戦争だ」と苛立つ隣国もある。更には、「日本型インフレ」だけが突出する事態が続くと、欧米の見る目も厳しくなろう。特に、限られたサイズ の世界経済のパイの取り合いとなると、貿易摩擦が顕在化するリスクがある。そこで、パイを大きくする世界的経済戦略が必要だ。それがヒトとモノの移動を自 由にする政策である。つまり貿易自由化=TPPと移民の受け入れ。特に、自由貿易は1プラス1が3になる。各国が比較優位を持つ産業に特化し、比較劣位の 産業は敢えて他国に譲るギブ・アンド・テイクの精神があれば、世界経済のパイは大きくなるのだ。
更に、日本はデフレを輸出している、との誹りに対しては、生産拠点の現地シフトが重要だ。トヨタの株価が業績に追いつかず、円安にも反応薄になっている事 象は、将来の日本経済像を示唆している例だろう。経常収支の推移を見ても、貿易収支の赤字を所得収支の黒字で埋める傾向が定着している。ホスト国の労働者 に働いてもらって、その稼ぎの一部を収入とする「庄屋型」経済がこれからの日本経済の選択肢の一つとなろう。


総じて、2014年は、欧米で「日本型デフレ」が懸念され、「日本型インフレ」が「壮大な実験」として注目される年となりそうだ。

2014年