2014年7月4日
「米国経済の回復を示す強い数字だが、イエレンFRB議長が利上げ時期を早めるほどには強くない」
6月の米国雇用統計は、NY株式市場にとって「弱くなく、強すぎることもない」心地良い数字となった。
非農業部門新規雇用者増加数は事前予測を大きく上回る28万8千人。しかも、4月・5月分も上方修正。失業率は6.1%まで低下。ヘッドラインを見る限り申し分ない。
しかし、イエレン流の雇用統計解釈の尺度で見れば、構造的問題が残るので、まだ楽観できる状況ではない。
4月 |
5月 |
6月 |
|
非農業部門 |
304 (282から 上方修正) |
224 (217から 上方修正) |
288 |
平均週労働 時間 |
34.5 |
34.5 |
34.5 |
平均時給 |
24.33 |
24.39 |
24.45 |
労働参加率 (%) |
62.8 |
62.8 |
62.8 |
労働者数 |
156,421 |
155,613 |
155,694 |
失業率 (%) |
6.3 |
6.3 |
6.1 |
長期失業者 |
3,452 |
3,374 |
3,081 |
正規雇用希望の パートタイマー数 |
7,465 |
7,269 |
7,544 |
1) | 労働参加率は62.8%という30年ぶりの低い水準に3ヶ月張り付いたままだ。90年代に66-67%のピークをつけた後、リーマンショックをキッカケに63%を割り込む水準まで急落した。70年代のレベルに戻っている。ベビーブーマー世代の退職という構造的要因もあるが、やはり就職を諦めた人が多い。経済が本格好転して、この「諦め組」が再び求職に動くまでは、イエレン議長は、金融引き締めへの転換=利上げには踏み切らないだろう。 |
2) | 最も重要な賃金上昇のペースが、平均時給で見ると、伸び悩んでいる。5月は3セント、6月は6セントの上昇。年率で2%程度である。望ましい水準とされる3-4%を大幅に下回る。新規雇用者の内訳を見ても、相対的に給与水準の低いセクターでの増加が目立つ。小売4万2百人、レジャー関連3万9千人などだ。一方で、賃金水準が相対的に高い製造業は1万6千人増、建設業は6千人増に留まる。 |
3) | これもイエレン議長がこだわるセグメントだが、不本意なパートタイマー数が27万5千人も増えている。単純な比較だが、28万8千人新規雇用が生まれても、そのうち、27万5千人はパートタイマーと解釈できる。 |
4) | いっぽう、長期失業者は29万3千人減少した。但し、その内訳をみると、就職組と諦め組に分かれる。比率は諦め組のほうが2倍以上多い。 |
このように、イエレン流の見方では、まだ問題点が残るので、雇用統計大幅改善→利上げ時期早まる、とは言い切れないのだ。
とはいえ、タカ派の視点で見れば、新規雇用者急増と失業率急低下は「我が意を得たり。」の数字となり、「利上げ早期実施論」も声高になる。労働参加率の低下も、ベビーブーマーの定年が構造要因と見れば、今後、労働力供給が減少することで、賃上げが期待できる。マクロ経済的に見ても、2014年1-3月期のGDP成長率マイナス2.9%より、2014年6月の雇用大幅改善のほうが、より正確に現時点での実態を映す数字といえる。事実、直近の米国マクロ経済データは住宅・製造業関連で相次いで良い数字が出ている。
今後のFOMC内での議論、そして地区連銀総裁発言などで、今回の雇用統計の解釈の差が鮮明となろう。
米国株価は、マクロ経済環境が好転したところで、金融・IT関連などの決算シーズンに入り、いよいよ企業業績が史上最高値水準の株価を正当化できるかが問われる。ここが正念場である。
「悪いニュースは良いニュース」となる緩和期待相場から、素直に「良いニュースは良いニュース」と解釈される地合いに移行してゆくだろう。
なお、気になる日本市場への影響だが、外為市場でドル高に振れ、円高傾向に歯止めがかかった。金価格が急落していることも、ドル高の流れを示唆している。円安トレンドへの回帰とまでは言いきれないが、当面、円高の呪縛からは解放されそうだ。
なお、米雇用統計発表直後に始まったECB(欧州中央銀行)ドラギ総裁の記者会見では、サプライズなし。
市場が期待する量的緩和については、記者団からの質問に答えるかたちで「政策の順番として、まずは、マイナス金利やTLTROの効果を見極める。その後、必要とあらば、排除はしない。」との答え。IMFラガルド専務理事からは「量的緩和検討すべし」と圧力かけられるほど、欧州の物価上昇率は低下している。ユーロ圏全体で年率0.5%だが、域内でのばらつきが目立つ。ドイツは0.6%(5月)から1.0%(6月)へ上昇しているので、量的緩和策の副作用としてのインフレを懸念する。筆者がウィーンでインタビューしたオーストリア中央銀行ノボトニー総裁も量的緩和には慎重姿勢を見せていた。一方、イタリアの物価上昇率は0.4%(5月)から0.2%(6月)まで低下して、デフレの兆しが見える。PMIもフランスが足を引っ張っている。この間、ユーロのレートも結局、6月のECB理事会前の水準に戻った。ユーロ安を狙ったECB追加緩和は効いていない。あとは、今回のような米国経済好転によるドル高の結果、ユーロが売られるという他力本願のユーロ安しか望めない。FOMCでタカ派優勢となれば、ドル高・ユーロ安でECBが一息つく、という関係になっている。記者会見で、ドラギ総裁が量的緩和排除せず、と口先介入しても、市場に軽くスル―されるだけだ。
市場では、米国経済の底堅さと、欧州経済の脆弱さばかりが浮き彫りになっている。
なお、金価格の試練は、FOMCが利上げ時期を明確に示したときであろう。