豊島逸夫の手帖

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ジャクソンホールを先取りするドル高円安

2014年8月20日

今日は中級者向け原稿だよ。(添付写真は、昨日紹介した対談風景だけれど)。

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ジャクソンホールでの中央銀行会議を目前に控え、市場はドル高、株高、債券安、商品安に振れている。米国金融政策正常化の前夜祭のごとき様相だ。特にイエレンFRB議長が重視する住宅市場関連で良い指標が相次ぎ、市場は好感している。

まず18日に発表されたNAHB(全米住宅建設業協会)の住宅市場指数が良かった。
この指標は三つに分かれる。
まず、現在の販売動向が前月比2ポイント上昇して58。
次に、今後の販売見込みも2ポイント上昇して65。
そして、見込客動向も3ポイント上がって42となった。
住宅建設業者の景況感は良好なのだ。


ついで19日に発表された各種住宅関連指標も予想を大幅に上回り好転した。
まず住宅着工件数が、前月比15.7%の伸びで、年換算109万3000戸を記録。事前予測は96万3000戸であった。
その内訳を見ると、主力の一戸建ては、前月比8.3%↑、前年同期比で10%↑。
そして、集合住宅(5世帯以上のアパートなど)は、同33%↑、50%↑と急増した。


更に発表された、住宅許可件数も同様に好調だった。(この指標は半年先の動向を見る先行指標となる)。
105万2000戸で、前月比8.1%↑、前年同期比7.7%↑。
内訳は、一戸建てが前月比0.9%↑、集合住宅が23.6%↑である。
住宅業者の景況感好転を裏付けする数字といえよう。
これを受けて、ファニーメイ(連邦住宅抵当公庫=米国の半官半民の巨大住宅金融機関)は、2014年の住宅新着着工件数の見通しを一か月前の1%増から13%増へ大幅に引き上げた。


この一連の住宅指標好転を市場は素直に「良いニュースは良いニュース」として解釈。株とドルが買われ、債券は売られたわけだ。米国10年債利回りは2.36%台から2.40%台に急騰。といっても、まだ2.5%を下回る低水準ではあるが。そして、ドルインデックスは82の大台に迫っている。今年はおおむね79から84のレンジで推移してきたので、ドル高といえよう。
しかし、イエレンFRB議長が、ジャクソンホール講演で、この住宅指標好転を素直に「良いニュース」として評価するか否かは別問題。なにせ、前日の消費者物価上昇率上昇について突っ込まれたときに、そのような短期的動向は「ノイズ=雑音」と切り捨てた事が未だに記憶に残る。住宅問題も、雇用統計同様に、「質」の問題を問う可能性がある。


例えば、住宅着工件数で、主力の一戸建てより、集合住宅のほうが遥かに大きく伸びている事実。
これは、現役世代(米国のミレニアム世代)が、資金的余裕もなく、住宅ローン審査にもはねられ、結局、「賃貸し」を選択するので、一戸建ては増えず、集合住宅が増えるという事情がある。
いっぽう、リタイアしたベビーブーマー世代は、子供たちも独立して、親も他界ということになれば、これまでの二世代同居一戸建て住宅では大きすぎる。そこで、小ぶりの一戸建てにリフォームあるいは買い換える、という現象が、日本同様に見られる。
従来の米国住宅市場は、トレード・アップと称して、現役世代が収入の増加とともに、一段落上の住宅に買い換えることで、業界としての付加価値が創造されていた。
従って、現状が続くと、この業界は「縮小均衡」ということになる。


更に、住宅価格上昇の問題も無視できない。
不動産価格は底を打ち、上昇に転じている。うわものを作るにも、人件費・素材コストともに上がっている。そのうえ、金融機関の融資審査も厳格になった。「金融機関はSNSもウオッチしている。フェイスブックではしゃいでいる姿をさらすと、自らのクレジット・スコアが引き下げられるかも」などの書き込みが見られるほど、個人の債務履歴に神経質になっている。その結果、多くの若い世代にとって、マイホームは手が届かない世界になりつつある。
2013年ノーベル経済学者のシラー・エール大学教授(ケース・シラー住宅指標の開発者)も、一部の不動産価格上昇に警鐘を鳴らしている。なお、「家賃」は米国消費者物価指数の中で3/1程度の割合を占める項目だ。その消費者物価指数(19日発表の7月分)は前月比0.3%増で、年率では2.0%上昇した。コアでも1.9%増である。FRBはPCEデフレーターのほうをインフレ指標としているが、総じて、米国の物価上昇トレンドは徐々に顕在化している。


雇用・住宅の「質」に構造的問題をかかえるが、物価は徐々に上昇している現状で、利上げのタイミングをいかに表現するか。
ジャクソンホールでのイエレン講演は、行間を読む「英文解釈」に、市場が揺れることになろう。
「良いニュース」を素直に「良いニュース」と見るか、「良いニュース」が「利上げ前倒し観測」で「悪いニュース」とされるかも注目点だ。総じて、現場の感触は、現時点で市場のコンセンサスとなっている利上げ時期がよほどブレないかぎり、素直に「良いニュース」と受け止める(あるいは、受けとめたい)というのが本音のようだ。

2014年