豊島逸夫の手帖

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米量的緩和が生む格差、日本への警鐘

2014年10月29日

今日は、皆さんと一緒に考えてみたいことについてです。

2008年12月、6000億ドルの住宅ローン担保証券買い入れプログラムから始まった米国量的緩和も、いよいよ終幕を迎えようとしている。
その間、失業率は7.3%(2008年12月)から10.0%(2009年10月)にまで上昇した後、2014年9月には5.9%にまで低下した。
株価も上昇。史上最高値を更新した。
しかし、かんじんの賃金上昇のペースが鈍い。

米雇用統計の中の「平均時給」の上昇幅は2008年12月の21.98ドルから2014年9月の24.53ドルにとどまる。
同期間にマネタリーベース(FRBが民間銀行に供給する通貨の量)は1兆6663億ドルから4兆491億ドルへ2.4倍も増えているのに、賃金の伸びは11%なのだ。
ここが、米量的緩和政策はウオール・ストリートを潤したが、庶民のメイン・ストリートには恩恵が充分に届いていないとの不満の元になっている。
量的緩和が生む格差ともいえよう。
オバマ大統領の支持率が40%前後にまで急落のマクロ経済的背景要因でもある。

一方、黒田日銀の量的緩和は、円安の恩恵を受ける人と受けない人の間で「円安格差」を産んでいる。
マクロ的には円安になっても輸出が「思ったほど」伸びないが、ミクロ的に主要輸出企業の決算を見れば、やはり円安メリットの貢献度は高い。その恩恵の一部はボーナスなどで従業員に還元されている。
いっぽう、米雇用統計の平均時給(ドル建て)を円換算すると、21.98ドルは円相場108円で2373円。ドル円が76円の時代なら1668円にすぎなかった。24.53ドルも、108円で2649円、76円で1864円となる。
円安で、輸出企業の国際競争力は強化されたが、輸入品価格は急上昇することを具体的に示す数字だ。

いまや、米国が量的緩和打ち止めに向かう時、日本は量的緩和の真っ只中にある。しかし、黒田日銀は追加緩和しようにも、買う国債が足りないので、マイナス金利という苦肉の策を採らざるをえないという問題も浮上してきた。
しかも消費再増税の決断も待ったなしの状況だ。
日本の量的緩和継続のほうが、米国のケースよりはるかに難しい経済環境にある。
そもそも、米国の量的緩和政策は、リーマンショックという心筋梗塞のような急性かつ重篤な症状への大胆な治療法であった。
対して、黒田日銀の量的緩和は、長期デフレという慢性症状への対症療法なので、病巣の根は深い。しかも、先進国中最悪の累積財政赤字というもう一つの悪性慢性症状をかかえる。
その中で、各種世論調査は「賃金は上がらず、消費税は上がる」ことへの国民の心理的抵抗感が高まっていることを示している。

安倍政権への支持率も低下傾向だ。
それでもオバマ大統領支持率40%前後よりは、まだマシかもしれない。
しかし、株価は企業業績より追加緩和頼み。国民の声は消費再増税もTPPなどの痛みをともなう構造改革もNO!賃金は上げろ!

筆者は、アベノミクスを総論でポジティブに捉えてきたが、上述の実態に加え「政治とカネ」の泥仕合を見るにおよび、いまや心が揺れている。
やはり、この国は、国を揺るがすような大事がおきなければ、国民のコンセンサスがまとまらない国なのだろうか。

2014年