豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. ドル円と米株の相関を破ったイエレン
Page1586

ドル円と米株の相関を破ったイエレン

2014年3月20日


一般的に、為替相場は短期的には金利差が主要な決定要因と言われる。しかし、近年は株価とドル円相場の強い相関が市場を支配してきた。
ところが、19日FOMC後の相場展開は、円安ドル高でも米株安となり、市場は当惑している。
これは、アルゴリズム取引がもたらした現象であろう。この取引手法では、予めインプットされたキーワードが注目度の高い声明や講演に盛り込まれると、その 瞬間に「売り」あるいは「買い」が、自動的かつ集中的に発注される。今回はFOMC声明文に、「利上げ前倒し」(キーワード)と見る理事の数が増加してい ることが明示された瞬間に、債券市場で米国債の大量売り注文が発動された。10年債の利回りは2.77%と8ポイント急騰した。
このドル金利高に、今度は外為市場のアルゴリズム取引で、集中的なドル買い注文が発動され、その反対取引として円が売られた。101.60円から102.60円まで瞬間的に円安に跳ねている。


今回のFOMCに関しては、株式市場より債券市場主導の展開になったのだ。「利上げ」が主要テーマとされたからであろう。
株式市場も、イエレン氏の初記者会見の最中に乱高下した。
特に、量的緩和縮小終了から利上げまでの時期をストレートに聞かれたときに、ダウ平均は19日の最安値16126ドルまで急落した。
一貫して冷静な口調のイエレン氏が、このときばかりは珍しく口ごもり、「例えば」の条件つきで、「6カ月」という具体的時期を語ったからだ。決して、断定 的表現ではなく、「6カ月もあるかも」程度のニュアンスであったが、「6カ月」という具体的数字は、アルゴリズム取引で株売りの大量発注を発動させるには 十分であった。しかし、超高速度取引ゆえ、その後は再び反騰して、ダウ平均も16222ドル(前日比114ドル安)で引けている。


さて、今回のFOMC声明と記者会見を通して見ると、「フォワードガイダンス」(将来の金融政策の指針を明示すること)の目玉であった「利上げ議論 開始の目途として失業率が6.5%以下に下がること」が削除され、複数のマクロ経済指標を勘案するという「量的から質的指標への移行」が明記されたことが 目を引く。
日経コラム3月10日付け「FOMCで議論、雇用統計に代わる指標とは?」にて詳述しており、市場の想定内の変化でサプライズはなかった。
更に、失業率6.5%というような量的で分かりやすい判断基準が削除されると、「さまざまな解釈が乱れ飛び、市場も戸惑い、値動きも荒くなる」と指摘したが、早くも、6.5%のアンカー(錨)を失った市場は漂流を始めた兆しが見える。


そもそもフォワードガイダンスは「口約束」であり、しかも、マクロ経済データの出方次第で変更される。
それだけにイエレン新議長が市場とのコミュニケーションをスムーズに行うことが重要となる。バーナンキ前議長は、2013年9月のFOMCで、自らの発言 で醸成した「緩和縮小確実」の市場の大半の見方に対し、「緩和縮小延期」というちゃぶ台返しで市場を大混乱させた。それまでトレーダーたちの合言葉は 「Don't fight FED=FRBには逆らうな」であったが、そのちゃぶ台返し後は「Don't trust FED=FRBにだまされるな」に変わった。
そこで、バーナンキ氏を継いだイエレン氏が、市場の信頼を取り戻せるのか。初のFOMCに対する市場の反応を見る限り、「当惑」の様相がにじむ。
うっかり口をすべらせた「緩和縮小終了後から利上げまでは、そうねぇ、6カ月くらいかしら」という発言を報道する米国メディアでは、「6カ月」という表現 だけが独り歩きしている。今年秋にも量的緩和縮小サイクルが終了すれば、2015年前半にも利上げか、との解釈が語られる。
超ハト派とみなされてきたイエレン氏が、実はタカ派の面も垣間見せたとの認識も生じている。
かと思えば、超低金利は継続との従来の表現も繰り返しており、市場は戸惑うばかりだ。
利上げへの移行過程は「浅く、緩やか」との表現も使っている。


俯瞰すれば、イエレン新議長に課せられた最大の任務は、「リーマンショック」という有事への対応として導入された「非伝統的金融政策」を正常化させることだ。しかし、4兆ドル規模にまで膨張したFRBのバランスシートの「正常化」は、これまた未曽有の壮大な実験となる。
「6カ月」を口走ったときのイエレン氏にしては珍しい歯切れの悪さに、米国経済のはらむリスクを垣間見た。
バーナンキ時代の市場には「ゼロ金利、流動性という実弾供給」の「追い風」が吹いていた。しかし、イエレン時代に入るや、「ゼロ金利解除、流動性縮小」という「逆風」が吹き続けることになる。
「利上げ」は米国経済の体力が回復した証しでもあるが、過剰流動性というステロイド投入に慣れきってしまったマーケットには、依存症からの脱却という苦しい過程が待っている。


さて、ここで、日本株と円相場の連関まで断ち切れるのか。あるいは、日本株は独自の道を歩むのか。今回のFOMCは、はからずも日本株上昇の真価を問うている。


金価格は、ウクライナ有事の金買いが手仕舞われ、FOMCでは利上げが語られ、金利を生まない金にとっては、逆風の展開。一時1390ドル突破していたが、アッという間に1320ドル台まで急落した。
今後はウクライナ緊迫と、中国インドの金買いがブレーキをかけつつ、金価格は水準を切り下げてゆきそう。安くなったら、また買うさ(笑)。


さて、今日発売の日経マネー連載コラム「豊島逸夫の世界経済深層真理」で「超高速売買の弊害」について詳述してあるけど、たまたま昨日、ナスダックがこの種の売買に調査のメスを入れるとの記事が出ていた。どうみても不公平だからね~

2014年