豊島逸夫の手帖

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噂で売ってニュースで売られたベアースターンズ

2008年3月17日

先週月曜の本欄は"欧米債券市場風雲急を告げる"で始まったが、今週月曜朝のコメントは"欧米債券市場危機"で始めねばならぬ。昨年10月から繰り返し本欄で触れてきたベアースターンズ社の噂は本当だった。3月12日付けに書いた以下のことが現実となった。

最大の問題はcounterparty risk(マーケット内の債務不履行リスク)が残ること。例えば、昨日のNY株式市場で、くだんのベアースターンズの株式は、それほど回復しなかった。引き続き"資金ショート"の噂が流れ、二日続けて同社トップが"そんな噂はナンセンス!"と一刀両断しても、マーケットの不信感がくすぶる。"うちは大丈夫"と言えば言うほど、市場は疑心暗鬼になる というのが銀行取付け騒ぎの常さ、と肩をすくめる。(引用終わり)

最後まで同社トップは否定し続け、次の瞬間に"JPモルガン、NY連銀 緊急支援"の発表となった。日本人には"山一"の日銀特融を連想させる措置。"銀行とりつけ騒動"の歴史は繰り返される。その共通項は"sell on rumors, sell on news.=噂で売られ、ニュースで売られる"。

ベアースターンズ社の株価も2007年12月には171ドルだったのが、先週には60ドル台。さらに金曜には30ドルまで暴落。先週前半60ドルのとき、同社株のプットオプション(ストライクプライス30ドル)に30セントの値がついたと話題になった。つまり30ドルまでの暴落に対するヘッジを考える投資家が出てきたということ。そして、そのリスクヘッジに30セントの値がついたのだった。それが金曜朝の緊急支援発表直前には60セントに。さらに発表後には、なんと9ドル45セントにまで跳ね上がったのだ。もし、このプットを購入していたら大儲け出来たことになる。日本人的な発想では、そんな人様の不幸に乗じて大儲けなど、はしたない、ということになろうが、ウオール街では"勝ち組"の手法とされる。なお、いまや、ベアースターンズ社株価プット5ドルにも値が付いている。

VIX(ボラティリティー インデックス)も32をつけた。一日で13%上昇。過去を見ても、この市場不安指標は極端に高い水準にある。そして、マーケットの次の最大の関心事は、"ベアースターンズ社で終わり?まだあるの?"ということだ。ちなみにリーマンブラザース株(金曜には40ドル割れ)に対して20ドルプットが売れ始めている(今週は同社も含め大手投資銀行の決算発表という、いわゆるconfession week=告白の週)。

UBSは傘下の証券会社ペインウエ―バー売却先探し、との報道もあり。買収ファンドの連中は、いよいよ出番と色めきたっている。ベアースターンズ社はJPモルガンが結局は買い取る説が有力(一部にはアジア中東の政府系ファンド出動との噂もあるが、これには疑問符)。今日中にも発表があろうとの観測。とはいえ、ベアースターンズ社保有のサブプライム関連債券など、取引市場もなく取引価格も特定できないものの査定をどうするのか。定評ある同社の株式売買部門を残し、他部門は全て切り離して再売却との見通しであるが、問題は その企業価値が幾らということなのだ。

さらに、JPモルガンにしても、この決断には株主の同意が必要。それに手間取れば、その間はlender of last resortとして連銀が出動支援することになる。連銀とJPモルガンによるベアースターンズ社のorganized liquidation=秩序ある解体となろう。

今のマーケットを見るに、一言で言えば、crisis of confidence。市場の信認が問われている。先週1週間で、カーライル傘下のヘッジファンドの時価2兆3千万円相当が吹っ飛ぶ様相。そしてベアースターンズ社の時価35兆円相当のかなりの部分も吹っ飛ぶ寸前。

そこで、もうひとつのキーワードがdeleveraging=レバレッジ外し。カーライルのヘッジファンドは25倍から30倍のレバレッジを効かせていた。ヘッジファンド業界では珍しくない数字だ。これが一斉に外される。つまり、ヘッジファンドに融資していた銀行団が一斉に追加担保を要求し始めた。この禍は財務健全なファンドにも及ぶ。

日本では、日銀総裁問題が焦点だが、欧米の友人にWho cares about who will succeed Fukui-san.=次の総裁?カンケーねーよ、と言われてしまったよ。誰が日銀の総裁になろうと公定歩合0.5%のBOJ金融政策には打つ手なし。Incompetent=能力欠如だと手厳しい。Japan passing. Stay away from Japan. =日本市場には近づくな、という論調。日本に対するconfidence=信頼はすでに地に落ち、それよりヘッジファンドや欧米大手投資銀行に対するconfidenceのことで頭がいっぱいなのだ。日本人としてサビシイ。

なお、今週の目玉。18日のFOMC。利下げ幅は75bp(0.75%)が織り込まれ、今や100bp(1%)論まで出始めた。実際、FFレートのベンチマークとされる2年もの米国債利回りは1.4%にまで急落している。金融危機がここまで来ると、1%台の米国政策金利も現実味を帯びてくる。勿論ドル売りにも拍車がかかる。つい最近までは、FRBが2000年から2001年にかけて政策金利を7%から一挙に1%まで下げたことが、過剰流動性(そしてサブプライム)の元凶とされ、グリーンスパンの負の遺産と言われた。しかし、事ここに至り、そんなことは言っていられない。なりふり構わぬ過剰流動性供給が再び進行中だ。

そして、その行く先の商品市場には、原油110ドル、金1000ドルを突破しても、なお強気論が根強い。

なお、FRBにはlender of last resort(最後の貸し手)と同時にbuyer of last resort(サブプライム債券の最後の買い手)の役割が期待されている。

おっと、本原稿送信直前に、JPモルガンがベアースターンズ買収に合意の速報が。一株2ドルだと...。金曜日の引け値が30ドル前後だから、足元見られた叩き売りだね。"ベアースターンズのcounterparty riskをJPモルガンチェースが保証"とはモルガン会長の声明。

続いてFRBが公定歩合を3.5%から3.25%に引き下げの速報も。正確に言うと、プライマリーディーラー(証券会社)対象で、住宅担保証券担保の貸し出しも含む。銀行対象で国債担保のdiscount rate公定歩合とは異なるね。一歩踏み込んだ救済策だ。

金価格は1015ドルまで急騰中。為替は97円台。

2008年