豊島逸夫の手帖

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このドル高はホンモノ?

2008年8月19日

現在進行中のドル高現象に理由は二つある。経常収支要因と金利要因である。

まず、前者の経常収支要因。

長く続いたドル安効果で米国の輸出産業が息を吹き返した。これまでの米国経済の牽引役=個人消費が慎重になる中で、今や輸出産業が米国経済を引っ張っていると言ってもいいほどだ。一方で、消費が鈍化すれば輸入は減少する(原油輸入額は増加しているが)。故に、経常収支赤字は改善傾向にある。

それに対し、中国は、経常収支黒字が徐々に縮小の兆しだ。世界的景気減速で輸出に以前のような急増は見られない。輸出統計に月々のバラツキはあるものの、傾向値は右肩下がりである。一方、オリンピック景気に支えられ消費は健闘。今や、中国経済の牽引役である。

このように見てくると、米国経済経常赤字と中国経済経常黒字に支えられたドル安の構図に変化が見られることは確か。しかし、問題は、その持続性。

米国は新大統領が減税や財政出動などで景気対策を実施することは確実な情勢だ。そもそも消費性向の高いライフスタイルを持つ米国の輸入が劇的に減少し続けるシナリオは考えにくい。輸出については、ドル相場頼み。昨晩のNY株式市場では、ドルが売られたことで輸出産業が売られた。構造的に米国産業の国際競争力が改善する兆しはあまり見られない。GMが社員価格を一般顧客に適用する販売キャンペーンを打つそうだが、それほどに身を削ってでも売るしかない、ということだろう。

そして、中国はすでに輸出回復のため手を打ち始めている。輸出産業への税還付、人民元切り上げスピードを緩める、など。経済政策の軸足は明らかにインフレ警戒型から成長重視路線に移行した。従って、国際経済不均衡(米国の赤字構造と中国の黒字構造)が根源的に是正される確率は極めて低い。

次に、金利要因を見てみよう。

FRBはインフレ警戒スタンスを鮮明に打ち出し、利上げを匂わせる。ECBはインフレ警戒スタンスで突っ張っていたが、ここにきてのユーロ圏経済減速で、そうも言っていられなくなった。次の一手は利下げか、という話も聞かれる。日本経済の景気後退は言うまでもない。

そもそもメイド イン アメリカのサブプライム不況が、実は米国以外の国々により強いマイナスのインパクトを与えている結果になった。そこでマーケットはドルと他通貨の金利差縮小を読み、織り込み始めたことが、今回のドル高のもう一つの理由。

さて、ここでも問題は、その持続性。これまでのドル安トレンドが覆るほどにドルとユーロの金利差が縮小するだろうか。そこまでFRBは利上げ、ECBは利下げを続けられるか?一回やそこらは、利上げ、利下げにも踏み切れようが、それを継続できるか。米国景気後退やユーロ圏の物価上昇が、米国の継続的利上げ、EUの継続的利下げを許容するか?

どう見ても、これでドル不安、ドル離れ、ドル凋落トレンドが覆ったとは思えない、というのが結論。

最後に、最近の極東時間帯の異常な値動きについて一言。

大量の売買注文を効果的に捌く電子取引のプラットフォームにプロの間の売買が全面的にシフトしたことで、日中の価格変動がハンパなものではなくなってしまった。さしたる理由もなく、値だけいきなり3ドルも5ドルも瞬時に飛ばす。昨日も夕方までに金は791-804ドルのレンジ、プラチナに至っては1390-1447ドルのレンジで60ドル近い急騰、そして60ドル急落という乱高下。とくに瞬間的にコンピューターのフリーズ状態みたいになって値が消えて、次に値が画面に現れたときには3ドル安とか5ドル高とかになっている。これではディーラーたちが売買値を出すこと自体、非常なリスクを伴うから、誰も積極的に市場に参加できない。その結果、市場の流動性はますます薄れる。乱高下はますます激化する。

どうも、大量注文を効果的に捌くはずのシステムが、市場活性化に逆行する結果をもたらしているようである。個人投資家としては、日中の価格変動をまともに追わないほうが良いだろう。

2008年