豊島逸夫の手帖

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900ドルへの静かな反騰

2008年5月19日

金曜日のNYで金価格は900ドルを回復した。850ドルで底を打ってから、"静かな急騰"が続いている。Sell in May and go awayの相場格言は、今年に限って当てはまらなかった。と言い切るのは、まだ早計というのが今日の原稿の要旨。

今の市場のテーマは(比較的静かな外為市場の)ドルよりインフレ。これは金市場に限ったことではない。金融市場全体の着目点でもある。その背景には、やはり原油急騰がある。

さらに、FRBの緊急金融緩和(相次ぐ利下げと緊急資金供給)が、過剰流動性を生み、資源価格や資産価格を上昇させる、という悪循環も指摘される。その過程では、ドル安もインフレ懸念増大に一役買っている。

そして、FRBはドル金利を2%にまで下げてきたので、実質金利はマイナスに転じた。要は、個人投資家の銀行預金が目減りする時代なのだ。問題は、インフレ懸念に対するマーケットの反応である。

金はインフレヘッジの代表格だから、まずは当然、買われる。それが、正に今、足元で起きている金急騰のキッカケであろう。しかし、インフレ懸念増大に対して、中央銀行が手をこまねいて見ているわけではない。サブプライム危機が峠を越せば、FRBの金融政策の優先順位は、金融危機脱出のための緊急利下げからインフレ予防のための引き締めバイアス(スタンス)に転じる。

中央銀行家にとっては、実質金利がマイナスになるということは"恥ずかしい"ことなのだ。物価上昇に対する金融政策の対応が後手に廻った結果と評価されるからだ。"通貨の番人"としては、出来れば、先手を打って、物価上昇の芽を摘みたいところ。ここには、中央銀行家のプライドがかかっている。

そこで、マーケットではこの2週間ほど、"FRBの引き締めスタンスへの転換"という可能性が議論されるようになった。FRBの利上げ転換に現実味が感じられるようなマーケットの地合いになれば、金利を生まない金は売られる可能性が強い。この点は本欄でも繰り返し、指摘してきたことだ。最近本欄を読み始めた読者の方々のために、以下、再掲しておこう。

以下、引用(4月24日付け"利下げ依存症からの脱却なるか"
金市場では、大きな流れとしては、利下げ打ち止め感が、相場の頭を重くしていることは事実。2月25日のブルームバーグ インタビューで語ったシナリオが現実味を帯びてきた。

―インタビュー記事―
2月25日(ブルームバーグ):インフレ観測の盛り上がりを背景に再び騰勢を強める商品相場。金相場も足元で史上最高値を更新するなど息を吹き返したが、米国の金融緩和がすでに終盤との指摘が増えてきたことで、金にとって最大の買い材料が徐々に効力を弱めると意識され始めており、早晩ことしの高値に到達する可能性が高まってきた。
「米国にまだ利下げ余地はある。だが、打ち止めが視野に入れば金の市場はすかさず先取りして売りに転じるだろう。うわさで買ってニュースで売る展開だ」--ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の豊島逸夫・日韓地域代表は、金相場が春先に高値を付けた後に調整を余儀なくされると警戒する。

なお、金利動向を決定するマクロ米国経済動向については、Vか、Uか、Wか、はたまたLか、議論が分かれる。FRBはV字型の急速な回復を見込む。対してIMFは底の長いU字型という見立て。筆者は、ご存じW字型のダブルディップと見る。最悪のシナリオが欧米では日本型と云われるL字型。長期的に低迷。
(以上、引用終わり)

金価格は900ドルまで反騰したが、筆者のスタンスは、まだ警戒的。このまま金価格が反騰を続けるためには、米国マクロ経済データに事前予測より悪い数字が続出し、サブプライムが最悪期を脱したとの認識が覆ることが必要だ。そうなると、FRBは、いよいよ1%台にまで追加利下げを強いられる。マーケットが利下げ依存症から回復できず、金利を生まない金には追い風が吹くケースである。

ただ、タイミングとしては、これから米国民に税還付という形で一人当たり600ドルのご祝儀小切手が配送される直前である。まさに財政政策のカンフル剤を打たれる時に、FRBがドルの政策金利をおいそれと1%台にまで下げるとも思えない。前任者グリーンスパン氏が、やはり一時は1%にまでFFレートを下げたことが過剰流動性を生み、ひいてはサブプライムの遠因となったとの批判が噴出している折りでもある。

ただ、これだけは言える。850ドルまで下がるとアジア中東の実需が下値を支えることは確認できた。金ETF残高の方は、まだ一進一退が続き、FRBのスタンスを確認できないので、機関投資家の気迷い症状が見え隠れする。NYサイドでは、820ドル程度の下げを見込んだ先物のショート(空売り)ポジションも増えていた矢先ゆえ、その損切り、買い戻しの買いが900ドル回復の実態であろう。いわゆるショートカバーラリーである。NYのディーリングデスクは、価格の変動の割りには至って静かである。喧噪感は無い。静かな反騰である。

2008年