豊島逸夫の手帖

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アグフレ―ションか ドルペッグ離脱か

2008年5月28日

今のマーケットのメインテーマはインフレ。そこで今日は中級者向けに2008年型インフレの話。

1970年代のインフレは、コストプッシュ型オイルインフレ。それは先進国も開発途上国もまんべんなく襲った。今回は、先進国の物価上昇も徐々に進行しているが、欧米でまだ3%台、日本で1%台。対して、新興国では中国8.5%、ロシア14%、湾岸諸国も10%以上、インド7.8%、等々。結局、世界の人口の三分の二は、二桁に近い物価上昇というインフレに見舞われている。対して、先進国はまだインフレ"懸念"の段階だ。

そこで、70年代型インフレとの最大の違いは、オイルに加え、アグリ(農産物関連)インフレが進行していることだろう。新興国ほどエンゲル係数が高いから、消費者物価上昇率の指数算出に当たって食品項目の比率が高い(平均30-40%、先進国だと15%程度)。この現象がアグフレ―ションと呼ばれる。

新興国では すでにコアインフレも3-6%の水準を記録し、諸物価にまで浸透してきた。その結果、賃金上昇まですでに招いている。これは、インフレのウイルスが体中に回り、病状もかなり進行してしまった段階だ。

さらに、もうひとつ、2008年型インフレの特徴は、新興国がドルペッグ制を採っているので、ドル安がそのまま自国通貨安となり、輸入物価上昇を招くこと。加えて、新興国側では、膨張する貿易収支黒字分が国内過剰流動性に化し、マネーサプライが先進国の3倍以上の20%台に達していること。新興国の金融当局が、ドルペッグ維持のため、流入するドルを買い、自国通貨を売るオペレーションを実行する度に、国内に通貨を供給するからだ。(中央銀行が供給した自国通貨を民間銀行に留め、市場に出回るのを防ぐ手段として銀行準備率の引き上げという手もあるのだが)。

さらに困ったことに、中国のようにドルペッグから"徐々に"離脱し始めた国に、"さらなる人民元高"を見込んだホットマネーが流入しがちで、これが国内過剰流動性の膨張に拍車を掛ける。"徐々に"というのが問題で、経済学的にはクローリング ペッグとも言われるのだが、これは為替投機を生みやすい欠陥を持つ。どうせドルペッグから離脱するなら"うじうじ"せずに"すっぱり"ドルにサヨナラせねばならぬ。しかし、急激な自国通貨高は輸出依存の新興国には大変なダメージを与えるから、とても政治的に許容されないだろうね。ちなみに、中国の膨張した経常収支黒字を解消するには、なんと100%の人民元切り上げが必要という試算もある!

さて、以上をまとめると、新興国はアグフレ―ションを甘受するか、ドルペッグを離脱するか(自国通貨高を容認するか)、二つに一つを選択せねばならぬ。両方回避することは出来ない。

これが2008年型インフレの特徴なのだ。この影響は、先進国にも以下のサイクルで波及する。

1. 米国景気減速、後退
2. FRB利下げ
3. ドル安 
4. ドルペッグを採る新興国に輸入インフレと過剰流動性発生
5. 新興国の商品需要高まり(ロシアなどはバブルの様相もあり)、商品価格上昇が加速
6. 米国経済をさらに圧迫

という悪循環である。

要は、ドルペッグ制を維持する限り、金融政策はディカプリング(非連動)とは行かないのだね。

なお、筆者が気になるのは、ロシアの数字。
ルーブル金利6.5%、物価上昇率14%。つまり実質金利は何とマイナス7.5%!!賃金上昇率は30%を超えるという。通貨供給量の増加も42%!!
銀座の高級鮨屋に群がるロシア人。ロンドン、NYで高級ブランド品を買い漁るロシア人。一部の勝ち組だろうが、なにやらバブルっぽい匂いを感じるね。同国の金宝飾品の需要も伸びている。

さて、足元の金価格は三連休明けのNYで900トビ台まで急落。NYでヘッジファンドの大量手仕舞い売りあり。そういえば、まだ5月だったのだね。こんなことで季節を感じるとは、なんとも不粋なことで...。

実需は ようやく900ドル台の高値慣れをし始めた段階。金ETF残高は 先週来10トンほど増えて、755トン。NY金先物買い残高は、先週90.8トン急増して566.5トン。850ドルの底値を確認したことで、新規買い意欲は出てきたようだが、とりあえずは930ドル止まり。900ドルを大きく上回る市場環境ではない。

2008年