豊島逸夫の手帖

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マイホーム優先のツケ

2008年7月28日

米国の債券市場を見ると、この国がいかに巨額の赤字をまかなってきたか、一目瞭然である。
*国債 - 公的部門の経常赤字と財政赤字を賄う役目
*GES債(エージェンシーもの) - 例の二大住宅公社発行の債券で米国の暗黙の保証付きとされる。これが国債に迫る発行残高で、米国民の住宅ローンを賄う役目
この二つの債券を、中国、日本、中東などが大量に買い持って、米国経済を支えてきたわけだ。

今、問題になっているのは、GESという半官半民のグレーな巨大機関を作ってしまったことで、マクロのマネーの流れが住宅市場にばかり流入し、企業の設備投資をまかなう役目の"社債"市場が育たなかったことであろう。とくにエンロン破たん時に同社発行の社債が紙くずになり、社債の発行体信用リスクが強く意識された。同じ投資するなら、暗黙の政府保証付きGES債のほうへ、という流れが加速したわけだ。

でも、その結果、米国経済全体として見れば、立派なマイホームは建ったものの、産業の国際競争力面で後れをとってしまった。さらに、ファニーメイとフレディーマックの中途半端な組織構造も根源的問題として浮上した。この二大公社は株式と債券を発行し、株式市場と債券市場の両面から資金を調達している。

株式を買った投資家から見れば、両社とも利益法人。政府の暗黙保証があるので国債並みの低利で資金調達が出来、その資金をマイホーム建てた人たちに高利で貸し付け、たっぷり利ざやを稼いでくれる"おいしい"会社である。事実、両社のCEOの年収は数十億円に達していた。こうなると国債並みの低利で資金調達が出来る巨大投資銀行みたいなものである。でも、本来の設立趣旨は米国民に等しくマイホーム取得の機会を与えるため、という"美しい"公的な大義名分であった。だから、両社の住宅ローン焦げ付きリスクは国が面倒みようという発想であった。その結果、リスクは国家が引受け、利ざやという利益は従業員と株主が享受するという実にグレーな組織になってしまったのだ。

このおいしい利ざや享受の構造が今回の金融不安で危うくなると、真っ先に反応したのも株主たちであった。両社の株価急落が遂にポールセンとバーナンキを緊急救済策発表へ動かしたわけだ。

一方、両者発行の債券を買い漁る世界の機関投資家、公的機関は、とにかく暗黙の政府保証のレッテルに惹かれた。それなら文句はあるまい、ということだ。これだけ問題化しても、"赤信号も皆で渡れば怖くない"という意識である。事実、too big to fail (潰すには巨大すぎる)ということで、この週末に両社救済策が米国議会で可決された。"政府の暗黙保証付き"とは本当だったのだ。

そこで、これで一件落着か?このようなグレーな巨大組織をこのまま温存できるはずもない。国有化か、完全民有化か、意見は分かれる。国有化してしまえば、結局、増税という形でツケは国民に廻る。民有化すれば、政府の暗黙の保証が外れ、中国も日本も両社発行の債券を売り処分せざるを得ないであろう。この問題は金融市場に巣食うガンみたいな病巣になってしまった。

さて、今週は米国GDPと毎度お騒がせの雇用統計発表の週。シートベルトは低くきつめに。後部座席の人たちも忘れずにね。

2008年