豊島逸夫の手帖

Page557 9月危機織り込み11月危機説へ

2008年9月16日

リーマン破たんのニュースは、ワイドショーで"おすぎ"さんがコメントするまでになったので、今日はまず初心者向けに、この未曾有の米国金融危機について説明しましょう。分り易くするために単純化しています。

リーマンなどの投資銀行は日本流に言えば証券会社に近い業務を行っています。彼らのビジネスモデルでは、たとえば1億ドルの資金を投資家から預かり、それに30億ドルを外部から借りて、運用資金を30倍に膨らまして、不動産関連商品などで利用して高い利ざやを稼ぎ、億単位の報酬を幹部に支払っていました。ところが住宅ローンの返済遅延や差し押さえが急増するや、それを大量に買い取ったカタチのリーマンの損失も30倍に膨れ上がります。自己資金が1億円しかない青年実業家が30億円を銀行から借りて事業が行き詰まったと同じことです。

メリルのバンクオブアメリカによる吸収合併も米国民には大ショックでした。譬えて言えば、野村証券が三菱UFJに吸収合併されるようなものですから。そして、リーマンよりもっと心配なのが、AIGという世界最大級の保険会社です。ここは、不動産関連商品が破たんした場合の保証業務に手を広げました。CDS(債券不履行スワップ)というデリバティブ(金融派生商品)です。サブプライム問題が悪化して、保証した債券の不履行が相次ぎ、この9か月で2兆円もの損失を出してしまいました。大地震が起きて保険金支払いが集中することと同じようなことです。そこで資金不足が生じたのですが、"信用収縮"という現象で、金融機関同士が疑心暗鬼になっているので、おカネを融通してくれません。そこで、お上(=FRB)に泣きつき、なんとか4兆円の緊急つなぎ融資を頼みこみましたが、断られました。FRBは民間の銀行が連帯で援助してやれ、というのです。でも、どの銀行もそんな余裕があるはずもありません。中東アジア系の政府系ファンドも、もうソッポを向いています。そこでPE(企業買収ファンド)などに頼らざるを得ないかと言われています。同社の株価は昨日61%も暴落し5ドル弱になってしまいました。リーマン破たん前夜の株価と同じ水準です。

時価総額はリーマンの倍はあった企業なので、その影響も倍以上と言われます。リーマンよりAIGのほうが遙かに"やばい"です。それはプロ相手の投資銀行と異なり、保険会社は庶民の生活に直結しているからです。Wall Street(ウオール街)のリーマン。Main Street(町のメインストリート)のAIG。

なお中級者向けですが、CDSのプレミアムがゴールドマンサックス125bp、モルスタ180bp、シティー65bp、バンカメ35bp跳ね上がっています。投資銀行NO1と2のGSとモルスタはまず大丈夫でしょうが、このfinancial tsunami(金融津波)の余波は避けられず、商業銀行と合併する可能性などの噂は走ります。

そして、これから徐々に顕在化してゆく危機が、リーマンやAIGの取引先の連鎖損失です。特にデリバティブという複雑な金融商品は、どの銀行がどの銀行にどれくらい債券債務関係があるか非常にわかりづらく、また一つの債務不履行が起こると、ただちに複数の債務不履行が生じやすい状況になっています。この不透明感こそ、"金融市場の信認の危機"と呼ばれる不安心理の中核なのです。

結局、ウオール街に働く人間の欲望と、あわよくば大儲けしようとする投資家の欲望がもたらした悲劇なのですね。だから、米国の報道でも同情論はそれほど見られません。そして欲望に走った人間ほど猜疑心も強くなるから、信用は収縮するばかりなのです。サブプライムの最大の原因は人間の心にあるのですよ。

さて、この影響で景気後退懸念が加速し原油はハリケーン到来にも関わらず、需要減 そして商品先物規制論の高まりを嫌気して5ドル急落し95ドル割れ。プラチナも34ドル急落し、1100ドル台。ドル円はドル安、円高。そして米国債と金に安全性を求める資金が流入する"質への逃避"現象。VIX(ボラティリティーインデックス=市場の不安係数)は34まで跳ね上がり、3月のベアスタ危機を上回る。金は20ドル強急騰して780ドル台回復。景気後退で金の実需は減少が予想され、原油急落も逆風だが、ドル安、金融不安の影響が勝っている。金とプラチナの値差も随分縮小してきた。

さて、今後の見通しだが、一言で言って"ウオール街全体のリストラ"がこれから進行すると言っていい。一部にはこれで最悪期を脱したなどと能天気な(あるいは営業用)コメントも見られるが、まだ野球で言えば、5回裏終わって荒れたグランド整備中の段階である。

投資銀行のビジネスモデルが崩壊し、代わってFRBが、やばそうな債券も買い取り、実質的に投資銀行化してゆく。すでにFRBは買取対象の債券の量も質も拡大し、ありとあらゆる手段を使って緊急流動性投入を強化している。その真っ最中に、明日、FOMCが開催される。当然市場では"利下げ"観測が支配的になった。FFレート1.5%を織り込みつつある。ただ、最近のFRBは危機回避のために流動性投入、インフレ予防のために金利操作と二つの政策ツールを使い分けているフシもあり。これだけいたれりつくせりの流動性対策を講じれば、その上さらに利下げといってもアンチクライマックスになりそうな様相もある。ひとつ確かなことは、声明文に"インフレ予防バイアスから成長維持バイアスへの軸足の転換"のニュアンスが強く盛り込まれることか。

どうも筆者は生来のへそ曲がりで、ずっと利下げ論を展開していたのに、いざマーケットが利下げを見込み始めると、ちょっと引いてしまうのだ。

6月6日付け本欄に以下のように書いた。

―今、NY市場では9月危機説が流れる。FRBが緊急流動性投入策として適格担保債券の種類を拡大し、対象も投資銀行にまで広げた新救済策は9月までの時限措置となっている。それまでに話題のリーマンブラザースがどこかに買収されるのではとの噂が根強い。

英語でblood on the streetと言うのだけど、血の匂いがする。今年の夏は猛暑らしいが、マーケット関係者はうかうか夏休みもとれない、と覚悟しておいたほうがよろしい。(引用終わり)

9月危機は買収ではなく破たんという最悪の結果になり、Bloody Sunday, Black Mondayと言われる歴史的な週末となった。次は11月危機である。商品価格急落、株暴落で逃げ場を失ったヘッジファンドの決算期、そして前述のカウンターパーティーリスク(リーマン、AIGの取引先)の連鎖、デリバティブ市場全体を揺るがす震度7の激震。

金価格も、換金売りの余波で売り込まれる局面もあるだろう。しかし、その種の下げは相場の"だまし"。質への逃避、ドル安の加速による金価格長期トレンドは不変である。ただし、原油急落が強いブレーキになるので今年3月の環境とは異なり、上げのスピードは緩いと思う。

先週土曜日の日経プラスワンセミナーでは"750ドルの今が底"と述べましたが、その後48時間でマーケットが反転してしまいましたね。早すぎます。それにしても、500名定員の日経ホールが、三連休にも関わらず埋まってしまうことに、参加された投資家の皆さんの"迷い、悩み"の深さが感じられました。ちなみに、セミナー講演のテーマは"迷心寂乱 悟無好悪"(2007年10月15日付け本欄の見出し)でした。

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