2008年7月29日
昨晩のNY株式市場では再び金融株が売られ、金融不安が再度、頭をもたげた。"金融株"の発行体である投資銀行などの大手金融機関のビジネスモデルの根幹が立ち行かなくなっている以上、当然の成り行きではある。
そのビジネスモデルの根幹というのがレバレッジ(テコ効果)である。商業銀行も投資銀行も自己資本の10倍から30倍に及ぶ資金を借入れ、住宅ローン、クレジットカード債権、自動車ローンなどを買い取り、証券化して切り売りしてきた。"おいしい"商売の密をたっぷり吸うためには、10倍から30倍のレバレッジを効かせることが当然の経営戦略とされ、株主もそれを望んだ。皆、ハイリターンに目が眩み、ハイリスクの面を忘れていた。リスク意識が麻痺していたわけだ。筆者の投資銀行の友人たちも、その当時は、リスクなどにこだわっていては、出世は覚束ないと公言してはばからなかったものだ。勝てば官軍の世界であった。
しかし、レバレッジというのは怖いもので、プラスに働く時は儲けを10倍から30倍に膨らませてくれるが、いったんマイナスに転じるや、損失を10倍から30倍に膨らませてしまう。例えば10億ドルの自己資本の銀行が、目一杯借り入れて300億ドル分の住宅ローン債権を買い取ったとする。その後、不動産価格の落ち込みで、300億ドルの債権価値が5%下落しただけで、この銀行は15億ドルの損失を蒙り、自己資本の10億ドルはいっぺんに吹っ飛んでしまう。中東の政府系ファンドにでもすがって、不足分の5億ドルの穴埋めをせねばならぬ。
仮に300億ドルの債権価値が2%下落しただけでも、この銀行の自己資本は6億ドル減って4億ドルしか残らない。そうなると、これまでの債権買い取りとか融資に回せる金額は、4億ドルの自己資本に最大30倍のレバレッジかけたとしても120億ドルが限度である。300億ドルの貸し出しを120億ドルに圧縮せねばならぬ。これが"信用収縮"とか"貸し渋り"と言われる現象である。
この信用収縮に懲りた投資銀行は、一斉にディレバレッジ(レバレッジ外し)を始めた。経営健全化への歩みなのだが、このような"まとも"な方法では、とにかく儲からないのだ。年収が億円単位の幹部を多数養って行くことも、もはや出来ない。
事実、リーマンブラザースは、レバレッジを昨年の31倍から、直近では24倍にまで引き下げた。これだけでも、先の例のケースだと、310億ドルを70億ドルも圧縮して240億ドルに抑える計算になる。(断っておくが、これはリーマンの実際の数字ではない。あくまで説明用に想定したケーススタディーである)。実際のリーマンの決算を見ると、住宅ローン債権関連が今年上半期には、前年同期の320億ドルから20億ドルに激減している。商業用ローン債権関連も、同320億ドルから40億ドルに急減。
なんのことはない、金融のプロ集団リーマンブラザースもサブプライムローンを借りた個人も同じこと。身の丈以上の借り入れをした挙句、にっちもさっちも行かなくなったとは、米ビジネスウイーク7月28日号の書き様である。同誌の表紙は、蛇が自分の尻尾に食いついている不気味なイラスト。"How Wall Street ate the economy"。ウオール街が経済を食いものにした挙句、何が起こったか"And what happens now"と言う刺激的な見出しを打ち出している。最もestablishment=体制寄りの雑誌で、このような報道であるから、NY市場の不安感が容易に払拭されるはずもない。
昨日は、オバマが、ポール ボルカーとかラリー サマーズなどの元FRB議長やら財務長官クラスを招き、経済サミットを開催していた。サマーズ(現ハーバード大学プレジデント)は筆者も尊敬する人物だが、米国CNBCのインタビューの受け答えに、いつもの切れ味鋭い論法が感じられなかった。なにか政治的な配慮が感じられてちょっとガッカリした。まぁ、本音を喋ってしまってはオバマ応援にはならないのだろう。本当のトップクラスの経済人をもってしても、現状の米国経済を論じるに明確なシナリオを語れない。
今朝の日経朝刊の一面"春秋"に、こう書かれている。現代の通貨は紙でできているのに、どうして皆が大切にするのだろう。小学生に聞くと、愉快な答えが返ってきた。"たぶん、思い込みでしょ"。子供の素朴な疑問。米国は悪い出来事が多いのに、どうしてドルだけが"偉い"のか。そう問い返されると、今度は大人が答えに窮する番だ。