豊島逸夫の手帖

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猫の目のように変わる"潮流"

2008年8月22日
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この二つの地図は、昨年11月のWGCセミナーの中で"地政学的要因"関連の注目すべき地域の説明として使ったものである。

最初の地図は、当時の説明としては、中東原油供給が不安定化する中で350億バレルの埋蔵量を持つカスピ海地域の原油生産供給ルートが重要になっていること。そこで、アゼルバイジャンのバクーからトルコのチェイハン、つまりカスピ海から地中海へのパイプライン(緑の太い点線)が米国の肩入れで建設され、日量100万バレルを運んでいるということ。とくに同じチェイハンへの地中海ルートとしては、緑の細い実線のイラクに繋がるルートが現在では最も重要なのだが、そこがイラク、トルコ国境のクルド人居住地域を通過するので不安定化していること。そして、セミナー直前の2007年10月に"カスピ海サミット"が開催されたことを、プーチンとイラン大統領がにこやかに握手している報道写真なども見せながら語った記憶がある。

しかし、その説明に当たって、このパイプラインがグルジア(Georgia)を通ることには特別注意を払っていなかった。その当時は、このパイプラインが領土内を通過することでグルジアに外国資本の直接投資が増加し、地政学的にも(少なくともイラク、イランよりは)安定した地域と見られていたからだ。それが、いまやグルジアを巡り、米国ビジネスウイーク誌が"パイプライン戦争"と呼ぶほどに事態が悪化してしまった。グルジア紛争は、正に"資源戦争"なのだ。

考えてみれば、カスピ海地域には350億バレルの原油埋蔵量があり、さらに立方フィートで兆単位の天然ガスが眠るわけだが、旧ソ連領土内を通らねば国際市場に供給できない地政学的宿命にある。ロシアにしてみれば、自国の目と鼻の先で、これみよがしにロシア国内をバイパスする原油パイプラインが引かれ、さらに、カスピ海東岸から延々オーストリアまで天然ガスパイプラインを敷設する遠大なプロジェクトが米国のサポートで浮上してきたことで、面白いはずがない。グルジアは正に、その真っただ中に位置するわけだ。ここで勝手な行動を取られたのでは困る。

そこで軍事介入となったわけだが、ロシア軍の圧倒的な軍事力を見せつけられたことで、欧米側はカスピ海地域への投資リスクを痛感させられた結果になった。すでに8月12日にBPはグルジアの黒海岸の港Supsaへ至る第二のパイプライン(Western Early=冒頭の地図上で、緑の細く短いほうの実線)を閉鎖した。シェブロンもエクソンモービルもグルジアを通過する原油供給ルート建設計画を見直さざるを得ない状況だ。

加えて、同じタイミングで冒頭の2番目の地図に示した、米国によるポーランドへのミサイル基地建設計画、チェコへのレーダー基地建設計画が相次いで合意された。これも、ロシアの目と鼻の先で展開している話で、いくらライス国務長官が"このミサイルとレーダーは(地図右下の)イランからのミサイルに対する防衛"と説明しても、"このような挑発的行為には軍事対応も辞さず"とロシア側も強硬に出る。かくして米露関係は冷え込み、"冷戦"という言葉が亡霊のように浮遊し始めた。

昨晩は、ロシアによる原油供給ブロックというような観測が原油市場に流れ、原油価格が急騰。120ドル台回復。ドル高の流れにも変化が見られ、金価格も敏感に反応し、20ドル以上の急騰となった。

なお、金融不安関連では、リーマンが韓国開発銀行と中国のCitic証券に株式の50%以上を売却するという身売り交渉が8月初旬に秘密裏に進められたが、結局決裂とのFT報道も出た。9月中旬の決算発表でリーマンはさらに40億ドルの追加損失計上を余議なくされようとのアナリスト見通しが流れる中で、資本増強を迫られる環境ゆえ、"なりふり構わぬサバイバルへの賭けか"とマーケットでは受け止められた。

つい2週間前の猛暑の時期には、金融不安後退、ドル高、原油安のトレンドが鮮明に感じられたマーケットだが、秋風とともに再び潮流に変化の兆しが見られる。

ここまで猫の目のように"潮流"がコロコロ変わるのには、正直、筆者もついて行けんよ。秋本番の時期には"潮流"がどのように変わっていることやら。アナリストたちも中長期予測を"毎月"大幅修正することに、今やなんの抵抗もなくなった感じだね。昨晩の米国CNBCに登場した欧米金融機関の米人為替アナリスト氏も、"前回出演したときの予測は見事に外れましたけどぉ、今回はぁ..."と開き直って胸張って語っていたよ。

2008年