豊島逸夫の手帖

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1000ドル目前 これから どうなる

2008年3月4日

いま、投資家が金について知りたいこと。それは、これからどうなるの?ということだろう。

1000ドル突破は時間の問題だが、そこで目標達成感から一斉に利益確定売りが噴出して、相場は急落する、ということは考えにくい。モメンタム(相場の勢い)。株にも債券にもドルにも不安を感じた投資マネーが商品市場に流入する構造が、一夜にして逆転するような簡単な話ではない。サブプライムに端を発する一連の金融不安、ドル不安の根は浅くない。

その一連の流れを振り返ってみよう。すべての根源は、サブプライム勃発、原油高の同時進行である。そこで、FRBは前者救済を優先し、景気後退予防のためのドル利下げに踏み切った。ユーロ金利は、ECBのインフレ警戒感強く、据え置き。このままゆくと3月18日のFOMCで政策金利が、ドル2.25-2.5%、ユーロは4%という大幅な金利差逆転現象が生じることは必至。

ここまで読めば、プロは当然ドル売りを加速させる。その流れは、それまで蚊帳の外状態であった円にまで波及。ドルの代替通貨としての金は買われる。その間、原油は100ドル突破。穀物相場急騰。インフレ懸念は高まる中での利下げが続く形だ。インフレヘッジとして買われる金市場から見れば、これは強烈な上げ材料になる。

しかも、利下げそのものが、金利を生まない金にとっては追い風となっている。サブプライム発の信用不安は、質への逃避買いも誘発した。とくに安全性を求める資金の中で、インフレを嫌うマネーが金に流入中だ。その中での、金1000ドル。市場環境が、大台突破程度で変わるとはとても思えぬ。

以上は金市場のマネーとしての面を見た分析。

しかし、金市場の商品(コモディティー)としての面を見ると 景色もだいぶ変わって見える。米国景気後退―リカプリングで新興国にも波及―アジア中東の金需要減。その最も端的な指標が、ドバイ香港渡しの金現地価格と世界の中心ロンドン渡しの金価格とのスプレッド(価格差)。通常は、運賃保険料込みで現地渡しが割高(プレミアム)なのだが、最近はずっと1オンス当たり50セント程度のディスカウント(割安)が常態化している。要は、買い控え、売り戻し増の需給環境で現物はだぶついている、というよりジャブジャブなのだ。

ただし、この要因に即効性はない。"昨晩のNY市場ではアジア勢の売り戻しで急落"などということにはならない。せいぜい1件あたり数十グラムから1キロの売り戻し。それが"ちりつも"で数百トンに達する。つまり、ボディーブローのようにジワジワ効いてくるのだ。この市場への環流が"臨界点"に達したときが価格の転換点になるのだろう。根雪(長期保有)の上に積もったフワフワ新雪(投機買い)が雪崩を起こす。雪崩を誘発するきっかけは、マーケットがコツンと感じる利下げ打ち止めの"音"になるかもしれない。

この雪崩はプラチナにも起こりうる。新雪の積雪量が多い分だけ、雪崩の規模も大きくなろう。GFMSポールウオーカーの言葉を借りればこうなる。

"今は、皆の目が、南ア供給要因にばかり向いている。けれども我々が心配しているのはプラチナ2000ドル以上の高騰と世界景気後退が需要に及ぼす影響だ。工業用、宝飾用とも激減が予想され、その減少幅は、南ア生産減をやがて上回る状況になろう。年末までにはプラチナ市場の需給は供給過剰に転じるとGFMSでは見ている"

要は縮小均衡だね。とくにプラチナはマネーとしての2面性がないので、景気後退に弱い。商品の需給に直接響くからだ。この点は、景気後退が利下げという追い風になる(マネーとしての顔を持つ)金市場と決定的に異なる点であろう。

さて、気になるのは、その臨界点がいつくるのか。最速6か月。ただし、そのケースは米国景気後退が浅めにとどまり、いったん回復後、ダブルディップ(第二弾の景気後退)に見舞われる可能性がある。ドルの政策金利も上がったり下がったり後手後手に回る(behind the curve)ことが考えられる。米国景気後退が悪化するようであれば、臨界点は2年先。

以上まとめると、虫の目で見れば、足元で株安、ドル安、商品高の加速。魚の目で見れば、サブプライム鎮静化、利上げ転換、中国経済8%台への減速という潮の目の中期的変化。鳥の目で見れば、生産の増えない稀少資源に中国、インド、年金マネー、オイルマネーが群がる長期的構図に変わりはない。(虫、魚、鳥については、本欄アーカイブ2006年2月20日付け"虫の目、魚の目、鳥の目"参照)

2008年