豊島逸夫の手帖

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米国財政赤字のレバレッジによる膨張

2008年11月26日

ユーロ安ドル高の潮流に変化の兆しが見えてきた。筆者は、"魚の目"で見た市場の潮目に異変を感じたとき、まずはマーケットに聞く。ディーラー上がりの習性である。30年間のキャリアで培ってきた"NY、シカゴ、ロンドン、チューリッヒのマーケットの友達の輪"をフルに活用する。昨晩も、いろいろ世界各地の友人とチャットしていたのだが、そこでシカゴのトレーダーの一言が筆者の"魚の目"で見る相場観を変えた。

彼は、つい2週間前までは、"米国経済のほうが欧州経済より金融危機からの立ち直りが早いはず"という、(若干米国人としての愛国心でバイアスがかかった見方であるが)見解に基づき、ユーロ売り、ドル買いの通貨先物ポジションを抱えてきた。それが、昨晩は、"米国経済の痛みは酷くなるばかりだ。FRBがヘッジファンド化している。米国金融政策は、明らかに量的緩和、ゼロ金利という日本人のジェフにはお馴染みの方向に向かっている。"という見方で、ユーロ売り、ドル買いのポジションをひっくり返しているという。ディーラー用語でdouble upというのだが、ユーロ売り、ドル買いをチャラにするだけではなく、ユーロ買い、ドル売りのポジションを新たに作っているのだ。

確かに、昨晩米国当局が発表した追加金融政策77兆円に関して、一番気になることは、その資金捻出方法である。まず、財務省が金融安定化資金(TARP)から200億ドルをFRBへ投入する。FRBは、その元手に10倍のレバレッジをかけ2000億ドルに膨らませ、カードローン、自動車ローンなどを担保にした資産担保証券を買い取り、FRBのバランスシートに抱える。この手法、どこかで聞いたようなやり方だよね。そう、ウオール街で、投資銀行やヘッジファンドが債券発行や銀行融資を通じて調達した資金で、10-30倍のレバレッジをかけて、サブプライム住宅関連債券を買い漁った手法と同じようなものだ。そのうちに、FRBが買い取った各種債券を担保にしてFRB自身が資産担保証券を発行して、リスク分散計ったりしてね...。買い手はオイルマネーかチャイナマネーか...。FRB発行ABSって、格付けはどうなるかしら、GSE(ファニーメイなど)と同じ扱いかな、などと想像力が膨らんできた。

投資銀行やヘッジファンドがリスクを取れなくなったので、FRBが代わってリスクを背負いこむ。中央銀行がlender of last resort=最後の貸し手ならぬ、buyer of last resort=不良債権の最後の買い手になっているわけだ。トランプに例えれば、ババと分って敢えてババを引くことになる。しかも、レバレッジを掛けるということは、財務省の帳簿上の"財政赤字"の10倍の債務をFRBは負うことになる。これは"財政赤字のレバレッジ化"と言える現象ではないか。

民間セクターではディレバレッジ(レバレッジ外し)が加速。公的セクターではレバレッジを加速。

ポールセンは、金融安定化資金7000億ドルが絶対的に足りない額であることを承知している。そこで、元ゴールドマンサックスのCEOとしての当然の発想として、7000億ドルにレバレッジかける方法を採ったのだろう。仮に それでも金融が安定化しなければ、FRBはとんでもない額の不良債権を抱え込むことになるから大きな賭けである。

こうして見ると、先述のシカゴの友人の言った"FRBのヘッジファンド化"の意味が心に沁みてくる。しかも、債券市場では、ドル金利が連日ゼロ金利方向への傾斜を強めている。これも 大きなドル売り材料である。金融危機の中で米国債が"質への逃避"として買われ、利回りは低下し、ゼロ金利に近づくという連鎖である。

振り返れば、金融危機が勃発した当初は、震源地のドルが売られ、その激震が大津波となり大西洋を渡ってEU圏を直撃するに及び、ユーロが売られ、さらに米国発の大地震の余波が全世界に及んだところで その悪影響が米国の自動車産業、そして米国の失業者を直撃している。米国GDPもマイナス。ここでも、ドルが売られる環境が再び整ってきた。

この米国→欧州→新興国→米国→欧州→新興国...という景気後退の負の連鎖は、2009年も続くと思う。外為市場では、その度に、ドル高、ドル安が、満ちては引く汐のごとく、2-3か月サイクルで繰り返される1年になりそう。所詮、構造的問題を抱える国々の"弱さ比べ"から抜けきれず。

以上は"魚の目"であるが、"鳥の目"で見れば、米ドル長期下落トレンドには些かの変化も無し。

2008年