2008年2月18日
先週の貴金属市場は、プラチナ価格2000ドルに湧いた。南ア大手の金、プラチナ鉱山を一時操業停止に追い込み、先物市場の投機買いを誘った南ア電力公社エスコムの歴史は、人種差別国家からの脱皮に苦渋する国家の歴史でもある。
同社はアパルトヘイト時代の白人国家繁栄の基盤であった。豊富な石炭資源を活用し、世界でも最大級の電力会社となり、財政的にも独立し、自主的経営の道を歩むに至った。その結果は"供給過剰"。例えば、ケープタウンとヨハネスブルグの間にメインの送電線を"緊急時対応"の名目で2回線も施設した。さらに、同社は海外進出を目論み、遠くは北アフリカにまで電力供給ネットワークを広げるという壮大な計画が立てられた。1970年代には毎年8%の電力需要増を見込み、増産体制に入り、1980年代に拡大操業が始まったところで、南ア経済は縮小傾向に転じる。アパルトヘイトに対する世界的経済制裁措置が、経済成長に強いブレーキをかけたのだ。新規電力供給プロジェクトは直ちに凍結。
ところが、1994年のアパルトヘイト撤廃は、人口の大半を占める黒人層への新たな電力供給ニーズを生みだす。1990年にはエスコムの顧客数は120万。それが1998年には250万。2007年に至っては400万に急増。
そこで、エスコムの立場も、アパルトヘイト国家を支えるモデル企業から、黒人政権(ANC)を支え、新生黒人国家の"全ての黒人に電気の生活を"という政治的スローガンの旗手と変身したのだ。同社は、政府の"公的企業省"管轄化に置かれ、生産計画も政府の裁量となった。
その間、エスコム幹部も、鉱物エネルギー省も、"現状の供給能力では2007年に需要に追いつかなくなる"と警告していた。
しかし、それも無視される。原因は政府がサッチャー流の民営化政策に傾倒し、"旧態依然"のエスコムを解体、民営化し、新規参入を募り、競争原理を導入するという方針であった。ANCも積極的な誘致活動を展開するも、誰一人として答えず。その要因は、ANCの社会政策により、国内電気料が著しく低く抑えられていたこと。とても、外資が参入して採算が取れる状況ではない。危機感を持ったエスコム幹部は政府に警告を発するが、"おまえらの出る幕ではない"と一蹴される。
やっと2004年になって、公社管轄部門が大型発電所建設計画を打ち出し、その操業が開始されるまでの5年間は、エスコムが古い施設を再稼働することにより乗り切ろうと動き出した。
しかし、too late(遅すぎた)。今回の電力危機は民間の怒りも買うことになる。ANCの一貫した民間企業の人種平等政策が裏目に出たのだ。電力会社の生産性を高めるために不可欠な高度技能者の雇用は二の次。まずは、黒人、女性などの雇用が優先された。
石炭の在庫にしても、40日分から2日分まで縮小された。その理由は、出来るだけ多くの中小黒人経営の石炭供給業者に発注を分散させたためである。デモクラシー国家建設を重んじるあまり、テクノクラート養成を怠った。さらに、南アのダムの43%は安全性に問題あり、要修理という。現状に失望した頭脳流出も跡を絶たない。
現状をとにかく打開する一歩は、電力価格の自由化である。しかし、安い電力供給を政策の"目玉"として選挙には活用し、国民も安い電力が当たり前と思う国に、電力料金アップは到底政治的に受け入れられない。その間にも、毎年、電力需要年4%の伸びに対し、供給は2012年まで2%しか増えない。政府の見通しでは、今後6ヵ月間は"緊急事態宣言"発令。その後、4年間は"供給逼迫"とのご託宣。
当面の方策は"供給割り当て"しかない。全国民、全産業に電力供給割り当てを実行し、セクター別に一律の供給カットを強いる。鉱山会社は10%カット。これは、大手金鉱山にとって4%から20%の生産量減少を意味する。大手プラチナ鉱山は3%減を見込む。その経済効果はGDP成長率0.5%減の3.7%というのが南ア大手スタンダード銀行の試算。
業界が最も怖れるのは、すでに発電所がフル稼働しているなかで、生産システムに過剰な負担がかかり、"フューズが切れる"こと。ギリギリの状況での綱渡りが続きそうだ。
プラチナ相場の今後の注目点は、サプライ ショックによる需給要因に裏付けされた"根雪"部分と、それを囃した投機買いの"新雪"部分の境目が何ドルかということ。バブルと非バブルが混在する相場で、新たな需給均衡点を暗中模索している段階である。オーバーシュート、アンダーシュートを繰り返すボラティリティー(価格変動性)が高い状況は続きそうだ。