豊島逸夫の手帖

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2兆ドルの臨界点

2008年11月12日

名古屋往復の新幹線車中でパラパラと欧米経済誌に目を通していたら、2兆ドルという金額に3回立て続けに出くわした。
2兆ドル貯めこむ国、中国。(外貨準備)
2兆ドル借金しかねない国民=米国のクレジットカード与信枠総額。
2兆ドル公共工事に投入する国々=湾岸諸国の超高層ビル、超高級ホテルなどの新規プロジェクト総額。
こうして比較すると、実に、今の世界の縮図が見えてくるね。

今日は、3番目の中東湾岸の最新事情をまとめてみよう。

サブプライムの余波は同地域も直撃。中東諸国の地力の差が鮮明に出てきた。一番心配なのがドバイ。原油埋蔵量など資源に恵まれないので、外資に依存する借金体質から脱却できない。原油価格急騰中は、世界中のマネーが中東巡礼の第一歩としてドバイに進出したのだが、原油が急落するや手のひらを返したように外資撤退。おきまりの不動産バブル膨張と相成った。さて、超高層ビルやら超高級ホテルやらの建設ラッシュがどうなるのか、波乱含みの情勢だ。

対して、余裕なのがアブダビ。UAEの原油埋蔵量の9割近くが存在する地域で、世界最大級の政府系ファンドを抱え、キャッシュポジションは潤沢である。とはいえ、中東系政府系ファンドの欧米金融機関への出資などの対外投資総額は1.5兆ドルを超えたが、そのうち4000億ドルの価値が毀損しているという。それでもGCC(湾岸協力機構)参加6カ国は、原油価格が50ドルにも充分耐えうる財政体質を維持しているという。

対して、原油価格が75ドルを割り込むと、国家財政が厳しくなるのがイランだ。同国大統領が対国民人気取り政策を3年続けた結果、インフレは30%に達している。このイランとGCC諸国(サウジ、UAE、クエート、バーレーン、オマーン、カタール)の関係が実にビミョーだ。ペルシア人 対 アラブ人という民族的対立と、シーア派 対 スンニ派という宗教的対立の構図の中で、"経済的互恵"という共通の利害関係に支えられた現実的妥協が図られてきた。イランの核開発は、GCC諸国にとって、米国に対峙する危機感をイランと共有するキッカケにはならず、域内でイランのGCCに対する威嚇行為として映る。とはいえ、ドバイはイランの貿易の6割を扱う域内経済ハブとなり、1万を超えるイラン系企業が進出している。

そこでイラン大統領を一度はGCC総会に招いたりして外交的宥姿勢を見せたかと思えば、以来二度と同大統領を招く兆しもないようだ。イラン側から見れば、GCCは親米国倶楽部となる。実際、GCC内には米軍基地が至る処に点在する。宿命的に、サウジとイランは湾岸地域の"盟主"の座を譲らないであろう。

さらに言えば、サウジ以外の中小湾岸諸国にとって、サウジでさえ 場合によってはイラン同様の脅威となりうる。歴史を紐解けば、サウジアラビアはイスラム原理主義の先駆的存在といえるワッハーブ派が"理想国家"として力で設立した国とも理解されるからだ。

こうして改めて考えてみると、これまで原油景気に湧いていた間は顕在化しなかった潜在的な恨みツラミなどが、経済の歯車が逆回転を始めるや一気に表面化する可能性もありそうだ。

やはり中東は"火薬庫"なのかな。リスクマネーの撤退で急落を続ける原油価格にしても、長期的に見れば群を抜く埋蔵量を持つOPECの存在感は高まるばかりだし、いつ供給サイドのサプライショックに晒されてもおかしくはない状況にあるのだね。

ところで、昨晩の中日新聞主催三菱マテリアル名古屋ゴールドセミナーには定員200名のところ400名以上の応募があって、補助椅子を出して230名の参加という状況でした。今まで名古屋でもいろいろ講演してきましたが、こんなことは初めて。マーケットの裾野が確実に広がったことを改めて感じた次第。

2008年