豊島逸夫の手帖

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(初心者向け)政府は貯蓄から投資へと言うけれど...

2008年4月11日

そもそも日本人のDNAは"投資"に向いていない、というのが筆者の持論である。このことは、スイス銀行で貴金属トレーダーをしていた頃、薄々感じていた。日々、売ったり買ったり、勝った負けたで一喜一憂する生活。とくに負けた日などは、家への帰路で"ああ...、なんであんな高いところで買ってしまったのかな"とか"しまったなぁ、あんな安いところで空売りするなんて..."と悔やむことしきり。最初は、自分の性格的なものかとも思っていたが、日本人同僚トレーダーなどと酒酌み交わすうちに、"凄腕"と評判の高かった某日本人外為トレーダーも、同様のことを感じていることが分かった。8勝7敗でOK、7勝8敗でクビのぎりぎりの戦いを迫られるプロの立場では、2連敗して3連勝せねば生き残れないというときのプレッシャーは、経験したものでないと分らないだろう。そうなると、銀行への出勤路も右ルートより左ルートのほうがゲンが良いなどと真面目に考えだすものだ。

その点、同僚のスイス人トレーダーたちは、憎らしいほどドライで切り換えが早かった。負けた日でも、テニスして汗流し、頭の中のハードディスクの余計な"負の体験情報"をキレイに"delete=消去"する術を心得ている。この行内での"比較文化人類学的考察"は12年間続き、統計的有意性を持つ確率で検証できる事実であることを確認した。"どうも日本人は、長期プロジェクトをコツコツ積み上げる分野には向いているが、刻々変動する相場でリスクを取って投資行動をすることには向いていない"という考察に確信を持った。その後、立場変って、投資セミナーなどで多くの日本人投資家と直接接する機会が増え、そこでの質疑応答などから、さらに、この事実を再確認する。

今の日本の株式市場を見ても、これだけPERが低い銘柄が並んでも、そこでリスク取って長期投資しようという動きがほとんど見られない。澤上さんのセミナーなどを聞いて大脳で理解しても、末梢神経が怖がって動かないのだよ。結果は、東証でも実弾(個人投資家の売買注文)は伸びず、外国人プレーヤーの先物売買に場を貸すだけの"ウインブルドン現象"が顕著だ。

金市場とて例外ではない。昨年の国別投資需要動向を見ても、日本だけが突出した"個人の売り超過"傾向を示している。日本だけに特有な現象なので、ロンドンの同僚からも"なぜ"としばしば聞かれる。インド、中東、アジアの投資家たちは"金はそれほど下がらない"と割り切り、急落すれば待ってましたとばかりに買いを入れる。ところが、日本人は、同様の局面で"割り切れず"、あれやこれや考えるうちに相場は反転して、あとで後悔している。

そういう人種に政府は貯蓄から投資を勧めているわけで、これはどだい無理筋であろう。金融リテラシーという言葉を錦の御旗に投資家教育が必要と説く。でもね、金融投資の知識が増えたからといって、民族のDNAが変わるわけではないのだよ。金融リテラシー説が正しければ、大学教授が最も儲けられるはずでしょ。

要は性格的にリスクが取れるか否かということに尽きる。一回損を出したところでパニックになって頭の中が真っ白になる人は、投資など考えないほうがよろしい。そこで、自分なりに冷静に対処できるキャラの人ならば、金融リテラシーを高めるためのセミナーに通うことにも大いに意義があろう。まずは、自分の性格判断をしたうえで、貯蓄の道を選ぶか、投資の道を選ぶかを決めるべき。その上で、貯蓄コースを選択したひとは、財産がそれほど増えないという前提で、生活水準を2段階くらい下げねばならない。鮨屋へ行ってもトロは我慢して赤味だけ食べるということだ。(まぐろの本当のうま味は赤味にあることだし)。隣人が投資コースを選択し、大当たりして銀座の高級鮨屋に通うのを見ても動じてはいけない。投資コースには"忍者"になる可能性が常にあるのだから。いまや英語にもなったNINJA。これはNo Income, No Job, No Asset. =所得も仕事も資産もなーい、"サブプライムに負けた投資家"の姿をニューヨーカーが洒落て表現したもの。

では、貯蓄コースの人には銀行預金しか手段はないのか、という質問も聞こえてくる。いや、株にも貯蓄コースはある。一昔前"あなたも株主"というテレビコマーシャルでデビューした"るい投=累積投資"。月々数万円ずつ株を買って行くコース。これが今になって再び注目され始めている。投資信託にも同様の"ドルコスト平均法"が適用できる。金には純金積立というお馴染みの商品が20年前から存在する。昨年から、急激に残高を増やしているのも時代の流れを象徴しているよう。要は、FP風に云えば、時間軸で購入を分散して、コツコツ蓄財すること。純金積立という商品が、世界中で日本だけでヒット商品になった、という事実も決して偶然ではないのだ。

2008年