豊島逸夫の手帖

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FRBのヘッジファンド化(初心者篇)

2008年12月4日

11月26日付で書いた"米国財政赤字のレバレッジによる膨張"の反応がいろいろあったので、今日は、この問題を出来るだけ分かりやすく説いてみる。

時代劇チャンネルで"暴れん坊将軍"などを見ていると、商人が店、屋敷を担保に両替商からおカネを借りたものの、事業に失敗し、借金の証文が第三者(だいたいヤクザ)に渡り、娘を吉原に売る羽目になる、というストーリーが多い。

このプロセスこそ、サブプライムの証券化によるリスク転売の原型であろう。住宅ローンを組んだものの、いつのまにか、借金の証文が、他国の投資家(特にヘッジファンドなど)の手に渡っていた。正確に言えば、借金の証文を担保に債券が発行されて、それが第三者の手に渡っていた。まぁ、断っておくが、その第三者は、娘を叩き売るような悪者ではないよ。

今、米国で起こっていることは、その第三者がFRBになったということだ。住宅ローンのみならずクレジットカード、自動車ローン、奨学金ローンなどの月々の支払が、実質的には、FRBに対して、なされているわけだ。これが、FRBによる資産担保債券の直接買い取り、ということの意味である。ゆえに、ローンの焦げ付きリスクもFRBが負うことになる。"最後のリスクテイカー"として、トランプでいえば、敢えてババを覚悟で引いているわけだ。ハイリスク ハイリターンの商品に投資してきたヘッジファンドと同じような形態である。これで、米国経済が首尾良く立ち直れば、フェデラル リザーブ ハイリスク ファンドのパフォーマンスも良くなる。しかし、裏目に出れば、FRBもシティー並みの経営不安に直面する。

しかし、シティーとFRBの決定的違いは、FRBはドル紙幣を輪転機で刷れること。緊急時の大量通貨供給という錦の御旗を掲げて。この巨額のドルは、事態が収まれば、FRBによって回収される仕組みになっている。しかし、今回ばかりは総額が兆ドル単位の規模だけに、"本当に回収できるの"という疑念がマーケットを支配している。FRBは"大丈夫。マネーサプライ=市中に出回っているおカネの量は安定している。"と反論する。でも、マグマみたいに市場の底に沈殿してゆくのではないの? なにかの拍子で、火山爆発みたいに噴出してこない? と疑い始めればきりがない。世界各地で、過剰流動性が資産インフレを起こした例を数多く目撃してきたからであろう。

FRBトップのキャプテン バーナンキは大きな賭けに出た。経済学の観点から言えば、大恐慌以来の不況の瀬戸際で、最早、通常の経済政策では窮地を脱すること能はず。"奇策""禁じ手"を使うこともやむを得まい、との判断なのだ。それが、潜在的にインフレの結果となる可能性を秘めていることは、FRBが一番良く知っているはず。それでも、デフレ スパイラルに陥るよりマシという"究極の選択"を余議なくされているのだ。世界中がサブプライムに起因する借金の返済に苦しんでいるとき、一番"やばい"のはデフレである。古今東西、おカネ借りた者にとって、インフレなら借金の実質価値も目減りしてくれるから負担が軽くなるが、デフレになると物価も賃金も下落するから返済の重みがずっしり堪えるものだ。

よく言われることだが、対デフレ政策というのは、とりも直さずインフレ政策である。金価格に関して言えば、キャプテン バーナンキが嵐の中の海図なき航海を首尾良く成し遂げてくれれば、米国経済も米ドルもソフトランディング(安泰)で、ヘッジ資産としての金の出番は無い。しかし...、ということになろうか。

2008年