豊島逸夫の手帖

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投資信託見直し論

2008年3月13日

先日、テレビ東京系の"ガイアの夜明け"を見ていたら、冒頭に、投信1000万円ほど買って300万円の損失を出した女性の嘆きが映されていた。日経本紙でも、投信の成果の不振に関する記事が目立つ。結論は、結局"澤上"式の長期投資しかないよ、という正論に落ち着く。

この投信見直し論は、欧米でも同じ。ロンドン エコノミスト誌は14ページにわたる特集を組み、資産運用業界の現状と問題点を詳しく報じている。要は、スター ファンドマネージャーの"実績"に頼るactive management(積極運用)が、結局はpassive management(単に株価指数などのベンチマークに連動するパッシブ運用)に勝てていないという論調である。1980年から2005年の期間にS&P500のインデックス投信のリターンは年率12.3%。対して、普通の投信の平均は7.3%。10,000ドルを元手にすると、結果は170,800ドル 対 48,200ドル。この理由は、"cost and poor timing"=手数料などのコストとお粗末な売買タイミング、と手厳しい。さらに、資産運用(アセット マネジメント)業界全体で64兆ドル(6500兆円)の資産規模を扱っているが、信託報酬、売買手数料、保管手数料などの名目で投資家は年率1.5-2.0%、額にして、なんと1兆ドルを払っているという。それに見合う仕事しているかね、という問いかけである。

専門用語を使うと、株価指数などのベンチマークどおりの成果をβ(ベータ)。それを上回る成果をα(アルファ)と言う。投資家は、ファンドマネージャーの腕で稼ぎ出すαを期待して積極運用の投信を買うわけだ。問題は、その際の判断基準が"過去の実績"であり、とくにスター ファンドマネージャーといえども、過去の栄光を将来にわたり繰り返し続けられる保証は全くない。この点は、ディーラーとして12年間、毎場所8勝7敗平均で切り抜けてきた筆者は全く同感。

投信業界は、一部のスターばかりを宣伝して、その他のファンドにはダンマリを通してきたとバッサリ。結局は、スターを事前に見つけられる保証はない。そこで注目される手法がクオンツを呼ばれるコンピューターによる運用。過去の事例に基づきマーケットの価格変動パターンや相関関係を割り出し、運用ソフトを作る。数学や物理の博士号を持つ秀才たちが雇用され、ひたすら数字データとにらめっこ。人間の主観を極限まで廃する。会社訪問とか経営分析などは一切行わない。往往にして市場に起こる"非合理的"な価格差などを狙って短期的な売買を仕掛ける手法が多い。それを100分の1秒のタッチの差で掴むことを競う。極端な例では、自社のコンピューターのサーバーを取引所に出来るだけ近い場所に設置して、データ送受信の"タッチの差"の優位性を目論む事例が紹介されている。このクオンツ運用が崩れた例が昨年8月。ソフトでは十分なリスク分散が出来ているはずが、"想定外"の市場間の連動が生じ、運用資産のほとんどが同方向に動く事態となってしまった。結果、たとえば、ゴールドマンサックスの"グローバル アルファ"は年率マイナス38%と惨憺たる成績となった。その理由は、コンピューターの運用ソフトが各社とも結局同じようなモデルになりがちなので、巨額の資金が同時に同方向に動く結果になるからという。この話は昨年も書いたことあるね。ギョーカイ人には、なんとも耳の痛い話である。でも、個人投資家には いちいち合点がゆく話でもある。

同誌が薦めるETFが、今、日本でも、しきりにもて囃されるのも、運用コストの安さと、ウルトラパッシブとも言えるシンプルな運用法ゆえであろう。そのETFを販売する証券会社はいまいち及び腰。要は扱っても儲からない、うま味のない商品なのだ。投資家にメリットある商品は、ギョーカイのメリットが薄い。これ永遠の課題。なお、ETFの品揃えの中には"キワモノ"的な商品も多いから、これは要注意。昨日の日経朝刊には"ETF人気に差"という見出しで、勝ち組の金価格連動ETFと負け組の韓国株ETFの比較記事が出ていた。

このように見てくると、政府が唱える"貯蓄から投資へ"というスローガンが空しく聞こえてくる。言うは易し、行うは難し。まぁ、日銀総裁も決められない状態では、何を言っても説得力ないけどね。

さて、昨晩の金価格。ふたたび980ドル突破。ドルが対ユーロで1.55の安値更新。原油は110ドルで高値更新。ならば金はもっと上がっても良さそうなものだが、やはりファンドの利益確定売り、換金売りなどが五月雨式に出て頭を抑えている感じ。とはいえ、流れは1000ドルへ2回目の挑戦。ふたたび助走路を走り始めた。何回目の試技でハードルをクリア―するかな。

2008年