2008年5月26日
昨日のセミナーは330名定員の98%の席が埋まり、事務局は一時かなりハラハラ(また立ち見が出て怒られるかと)していました。2時間に色々中味を詰め込んだので、最後の質疑応答でいただいた質問に答えきれませんでしたので、今日の本欄を使って(それでも全部には対応できないものの)出来る限り答えたいと思います。
まず、筆者が心配に思ったことがあります。あり得ない話を"本で読んだのだが確認したい"というような質問が目立ちました。"欧米の中央銀行の準備金=金塊は、ほとんどが金先物ヘッジ用に貸し出されたまま戻っていない、なくなってしまった"と本に書かれているが本当か。(著者名まで書かれていますが、ここでは伏せます)。
初歩的なところから説明しましょう。金には現物を貸し借りするリース取引があり、期間が1か月から1年程度まで標準化され、マーケットでは常にレートが公表されています。先週金曜日の時点では期間に応じて0.08-0.55%です。このリースの出し手は中央銀行、借り手はヘッジ売り目的で金を借りて売却する鉱山会社、空売り目的の投機家、そしてジュエリーメーカーです。近年は、このリース取引が低迷の一途。ヘッジ売りも空売りも激減、宝飾販売量も減少しているからです。さらに、中央銀行も大切な国家の資産である公的保有金塊を外部に貸し出せば、破たんリスクも生じるので、ワシントン協定で新規貸出を凍結しているほどです。なお、このリース取引は大手投資銀行の仲介で成立しますので、取引量こそ公表されないものの、貸出状況はリースレートの変化を見ていれば明確に把握できます。ここまで読めば、上記の質問に引用されている類の話が、いかに市場の実態からかけ離れた突拍子もないものかお分かりいただけると思います。
もう一つ。"WGCはロスチャイルド系とお聞きしましたが、金関連の好況で ロックフェラーへの巻き返しは?"ここまでくると"ゴルゴ13"の読みすぎなのではと苦笑するばかりです。いわゆる陰謀説というのは、金市場を実際に経験したことのない評論家や著者が、本を売らんがためにしばしば面白おかしく描いてみせるところです。
WGCに出資している大手鉱山会社は、株式を欧米証券取引所に上場しているので情報の開示を義務づけられています。財閥の系列を超えた"超党派"の組織で、そもそもロスチャイルド銀行そのものが現在は金業務から撤退し、伝統的に同社の"黄金の間"で行われていたロンドンフィクシング(毎日2回発表される金現物の指標価格)を決める儀式も変わりました。この程度のことはWGCの社員でなくても欧米の業界関係者なら常識的に知っていることです。
筆者が懸念するのは、この手のストーリーが活字となって独り歩きしていること。30年間、チューリッヒ、ロンドン、NY,香港、そして東京の金市場に直接関わり、金の世界の川上から川下まで実際にくまなく体験してきた者として、非常に憂慮するところでもあります。
そこで、実は今年、日経から本を出版することになり、今、執筆に取り組んでいるのです。"後にも先にもスイス銀行の正社員としてグローバルな市場で貴金属ディーラーの経験を持つ日本人は貴方だけ"とおだてられ木に登った面もありますが(笑)、個人的には海千山千のプロがひしめくマーケットに関わってきて自分で直接見たこと経験したことしか信じられないタチなので、30年間の経験談を中心に綴ろうと思います。(御用繁多の折り、よんどころなく執筆の時間は限られますが...)。
こんな質問もありました。
"東証の金のETFは、商品価格を上げたくない政府の思惑もあって、当分上場されないのではと考えていますが"。本当に陰謀説がお好きな方が多いのですね...。
"米国同時多発テロで崩落したワールドトレードセンター地下6階に有った金塊の変形具合は?"これは業界のメーカー関係の方の発想でしょうかね?変形具合までは勉強不足で把握しておりませんです。
"ジムロジャース氏が、その著書の中で米国連邦政府が保有する金塊の数量の公式発表に対して、長期にわたり調査されていないと疑問を呈しているが、 豊島氏の見解や如何?"これは、マーケットのデータの実態ということで前回5月23日付けの本欄で触れたことの別な例ともなりますが、米国政府が公表する統計データを外部監査する機関はありませんから、ジム氏の見解を否定する証明は出来ません。だからこそ、投機家が好んで材料として囃し、ある意味、言った者勝ちだと書きましたよね。ジム氏の疑問について、さらに突っ込めば、米国政府が毎日のように発表する各種マクロ経済指標も恣意的に操作されている可能性ありということになるのでしょうか。
このような質問を除いては、やはり圧倒的に原油関連が多く、当日のパネルで池崎キャスターと志田さんと筆者の3名のやりとりも、当然そこに集中しました。"売り時、買い時を特定して教えろ"との質問も多く、これには"相場を見通せる占いの水晶玉はありません"とお答えしました。
最後に米大統領選挙のマーケットへの影響に関する質問も目立ちました。昔と違って、民主党ならドル売りとか簡単に公式化できるほど単純な市場ではなくなりました。筆者は、どちらが勝利しても米国人のライフスタイルというか体質が変わらない限り、過剰消費、過小貯蓄、その結果としての赤字体質は変わらず、サブプライムのような危機が"喉元過ぎれば再び"のリスクが常にあると感じています。対する中国の過剰貯蓄、過小消費の構造も、そう簡単に変わるとも思えず、米政権が変わっても根本の国際経済不均衡は解消されないでしょう。ドルに対する不安、中国を含む世界の過剰流動性の状況が劇的に変化しない限り、今のマーケットの長期トレンドも変わらずと考えます。
講演の最初に挙手で筆者のブログを読んでいるか否か問うたところ、8割がたの手が挙がりました。2割程度は初心者の方がたもおられたので初歩的説明もしましたが、今度はネット経由のみの募集で50名程度の少数の中級者限定 2時間、徹底して質疑応答だけというセミナーも企画しましょうかね。これなら事務局にもそれほど負担もかかりませんし。なんせ、小所帯なもので。どうでしょうか"鏡板"さん""秀クリームさん"?