豊島逸夫の手帖

Page562 It's a new ball game.(新たなゲームのルールの模索)

2008年9月22日

サッカーで言えば、両軍とも怪我人続出。続々担架で運び出され応急処置が施される間、前半42分で、競技場の時計は止まったまま。そして、これからゲーム再開となるわけだが、ここからが問題。

75兆円を投じる覚悟という米国不良債権買取機構設立案は、まだ具体的内容が見えない。この種の対策の細目は、どこの国でも政治家の思惑が絡むもの。まして米国は大統領選挙の真っ只中。どこまで超党派のコンセンサス(内部的合意)を取り付けられるのか。だから、米国メディアも非常に懐疑的。

ゲーム再開後の突然のルール変更も問題。799金融機関に対する株式の空売りを禁止。10月2日までの緊急時限措置である。ただし、プットオプションと裁定取引の為の空売りは規制対象外とする。リスクの限定されたマイルドな味のプット購入による空売り程度なら認めるというのだが、リーマンの株価急落の過程で投機家の大量プットオプション購入が下げを加速させたことは明白な事実だ。一定の株価で売る権利を大量に売ってしまったオプションディーラーがリーマン株価の予想外の暴落に慌ててショートカバー(顧客に権利行使される前に、株価がもっと下がらないうちに損切りの売りを入れておくという自己防衛のためのポジション操作)を入れたのだ。ゆえに、プットを認めるというのは明らかな抜け穴容認。

そして、プロが割高の市場で売って割安の市場で買うという価格平準化効果をもたらす裁定取引を認めるのは納得がゆく。これが出来なければ今の上海株式市場みたいに隔離されたマーケットが、世界中に点々と存在するというグローバル化に逆行することになってしまう。一物一価の大原則が崩れる。

MMFの保護というルール変更にも、銀行業界、そして銀行預金者が黙っていない。安全資産として庶民に販売されていたのだからMMFが元本割れになったら保護するのなら、銀行預金も破たんしたら保護してくれ、となるのは当然だ。

そして最大の問題は、この緊急救済策の後がどうなるということ。まず後遺症だが、1兆ドル(=100兆円)というような規模の公的救済ゆえ、財政赤字の更なる悪化は必至。外為市場で"双子の赤字"というような言葉が再び飛び交い始めよう。

もっと大きな事は、ウオール街の商法に代表される米国型資本主義が根本的な変革を迫られていることだ。一言で言って、レバレッジを効かせて利益を膨らませるビジネスモデルが立ち行かなくなったわけだ。(7月29日付け本欄"ディレバレッジ パート2"参照)。これは投資銀行に限らず、商業銀行にも関わることなのだ。そもそも銀行というのは、経済学の教科書には必ず出てくる"信用創造の原理"という大原則で成り立っている。その大前提は、預金者はそう簡単に預金を引き出さないから、銀行内に滞留しているおカネを企業に貸し出せば利息を稼げるということにある。

事実、我々の日常生活で預金を全額引き出すなどということは滅多にない。預金者全員をまとめても、統計的に見てATMなどで引き出される現金は預金全体の数パーセントである。それを借りに10%とすれば、一預金者が1000万円預ければ、銀行は現金100万円を引き出しに備える準備金として残しておいて、あとの900万円を企業に貸し付け利息収入を得ることが出来る。900万円借りた企業は事業に全額使うとしても、取引先への支払いを現金900万円で持参することは、まずない。銀行間の振込みで済ますから、その900万円を取引先の別の銀行が、また1/10の90万円を残して、別な企業の貸し出しに回すことが出来る。こうして1000万、900万、810万...と、1/10の現金支払い準備を残しながら、銀行は次々に貸し出しを増やし、ついには総額が1億円近くまで膨らむ。これが銀行の信用創造の原理である。

普通の銀行であれば、貸付、運用の資金源が預金者なので上記の前提が通用するのだが、投資銀行の資金源は預金者のような"安定株主"タイプではない。3か月ごとに運用の配当を求める"機関投資家"とか金融機関同士が余裕資金を融通しあう業者間の市場から資金を取り入れている。しかも、普通の銀行はせいぜい10倍に元の預金を膨らませて運用するのだが、投資銀行は"浮動株主"的なマネーを取り入れて、その30倍にも膨らませて(レバレッジを掛けて)運用していた。

だからこそ幹部行員には億単位の年収ボーナスを払い、超高級ビルに本社を構えることが出来たのだ。これがウオール街のビジネスモデルで、うまく回転している限りは"勝てば官軍"であった。それが今回、逆回転を始めたわけで、ウオール街も1/30に業務縮小せねばならぬ。

これがウオール街の高給取りだけの悲劇で終わればよいのだが(リーマンがその例)、そうは行かない。AIGなどは庶民の保険を預かる会社、しかも不良債権が債務不履行になった場合の保証業務にまで手を広げていた。そこで保証してもらっていた顧客の多くが地方公共団体となれば、被害は地方にまでアッという間に拡散する。だからこそ、米国型資本主義の変革という言葉が決して大げさな表現ではないのだよ。

このbig picture(大きな経済の構図)が見えない人たちが多く、"これで最悪の状態は脱した"とか"ここで悲観論ばかり唱えるのはいかがなものか"などと能天気かつ無責任なコメントがまかり通る(いかがなものかという言葉は、まず英語に訳すことが出来ないのだが、実にいやな言い回しだね)。

銀行という業種はとにかく嫌われ者で、そう言われてもしょうがないことも数々してきたけれど、経済のシステムでは肝臓腎臓のようなもので、これが無いと血液の循環が止まってしまうのだよ。マネーがスムーズに廻るために、まさに"肝腎"なのだ。そこが今や機能不全、それもかなり重篤な症状なので、これから虚血症状に進行することが最も心配。つまり、実体経済への波及である。

金に逃げることもひとつの選択肢ではあるが、皆が金に逃げてしまったら、おカネの流れはそこで退蔵されたまま"不胎化"されてしまう。金に投資されたマネーは再投資されない。だから金利もつかないけど、運用(信用)リスクも無い。

金をじっくり持って束の間の安心感を得るのもいいけど、キロバーの重さを手のひらでずっしり感じて、少しでも心理的余裕が出来たのなら、ここは皆でbig pictureを考えたいものだ。事故米も中国製食品も、買えるおカネがあればこその心配事とは思いませんか。

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