豊島逸夫の手帖

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21世紀の新たな価値観

2008年2月7日

今年の金価格を見る上で最大の注目点はやはりサブプライムである。

まず、サブプライムの本質を検証してみると、米国経済の赤字体質が元凶にある。過小貯蓄、過剰消費の国民性は、民間部門の赤字累積を恒常化させた。住宅分野でも、借金しても身の丈以上のマイホームを持つという現象を引き起こした。その傾向は低所得者にまで及ぶことになる。さらに、経済成長は国民の間に楽観論を生み、投資家はリスクを忘れ、ひたすらリターンを追及するムードが醸成された。

一方、対外的には巨額の経常赤字を通じて、米ドルが世界中にばら撒かれ、いわゆる過剰流動性を生みだした。そのマネー集団はヘッジファンドなどのカタチでひたすら高リターンを追及し、新たな投資媒体を追う。その過程で、米国低所得者向けローンの証券化商品という、おいしいハイリターン商品に巡り合った。運命の出会いである。市場には楽観ムードが支配し、皆がハイリスクの存在を忘れていた。

かたや、変動金利ローンのリスクを忘れた(あるいは気が付かなかった)米国低所得者層。
かたや、焦げ付きリスクを軽くみた欧米金融機関、そしてヘッジファンド。

それがついに住宅価格バブルの巻き戻しが始まるや、加速度的にリスクの連鎖に襲われる。"こんなはずではなかった"と思ったときは、すでに手遅れ。強烈なしっぺ返しを食うことになり、いやおうもなく投資におけるリスクの存在を再認識させられた。これがリスクのrepricing(再評価)といわれる現象である。これまでのリスクの値段は安すぎた。リスクに対する備え=ヘッジも必要だ。そのヘッジはタダではない。コストがかかる。これをリスクプレミアムと称する。

このリスクプレミアム上昇こそが、金価格上昇の根源的理由なのだ。今回の金買いの最大の特徴は、リターン追求もさることながら、リスクマネジメントの一環として位置づけられていることだ。攻めの運用ではなく、守りの運用手段としての金である。

では、何に対する守り=ヘッジかといえば、
―原油高騰によるインフレリスク
―サブプライムで顕在化した信用リスク
―赤字経済体質の米国が発行するドルに対する価格リスク
―ブット暗殺で再び注目された地政学的リスク
などである。

個人投資家のみならず、年金基金などの機関投資家までが、リスクヘッジに走る。イメージ的に言えば、株を一億買えば、同時にヘッジとして金も1000万円程度は買って備えておく。ゆえに、往々にして株と金の同時価格上昇という現象も見られる。その逆に、株が暴落すれば、儲かっている金を売り、売買益を捻出し、補てんに廻す。そこに、株、金同時価格下落という現象も見られる。

この現象の背景に進行する、もうひとつの大きな流れ。それが金の金融商品化である。もともと、金の二面性と云われ、マネーと商品の二つの顔を持つ金。原油ともプラチナとも異なる。金ゆえの特徴だ。

それまでは、せいぜいゴールドファンが集う程度の特殊な市場であった金に、株、債券のメインストリーム(主流)のマネーが流入し始めた。その運河の役割を果たしたのがインデックス、ETFなどの金関連金融商品なのだ。世界の金市場の規模は450兆円。対する世界の株式市場は6500兆円。債券は5200兆円。その結果、これまで450兆円の規模の池の中だけで生活してきた金業界人には信じられないような価格水準の上昇が始まる。

600ドル、700ドル、800ドル、900ドル、そして1000ドル。450兆円の池の中のロジックでは"シンジラレナーイ"価格だ。ところが5000-6000兆円の大河からみれば、"タイシタコトナーイ"という反応だ。300ドルの長い低迷の時代に育った金業界人。金と初めて出会ったときの水準が700ドルの新規参入者。かたや冷めた見方にかたよりがち。かたや、これからが本番と強気。マーケット参加者にも世代交代が進行中だ。

金を含め資源高を"膨張する投機マネーのいたずら"として"あってはならないこと"ゆえ、なにもせずに傍観するのか。資源高を21世紀の新価格水準の模索過程とみなし、個人的にも備蓄の発想で対応するのか。この発想の差は10年後の両者の生活水準に相当な格差を引き起こすと思う。

ここで忘れてならないのが、やはりBRICsの台頭。原油高騰にしても、70年代のオイルショックはOPECによる供給不安であったが、今回は新興大国の需要急増という要因である。すなわち、一過性ではなく需給構造の変化である。その意味するところは、価格の高止まり。

21世紀に入り、世界の価値観は大きく変遷しつつある。

ヒトの値段=賃金は景気が回復しても上がらない。まずは株主還元が優先の時代だ。おカネの値段=金利も上がらない。世界的金余り現象は続く。対して、値段が上がるもの、それが技術と資源であろう。

金という資源はますます稀少化しつつある。金価格上昇はすでに8年目に突入したが、その間、金生産はなんと微減なのである。

限られた資源、膨張するマネー。この21世紀の新展開に順応できるか否か。この差は大きい。

2008年