2008年3月12日
10日(月曜)に欧米債券市場の信用不安が危機的な水準に達していた。何かと噂のあったベアースターンズ(本欄アーカイブ2007年10月22日付け"ヘッジファンド破綻の実態"参照)の資金繰り悪化の噂。レーマンブラザースの業績悪化で株価急落。そして住宅金融公社ファニーメイの財務内容悪化、政府救済が必要とのバロンズ誌記事などで、マーケットの信用収縮もピークの様相であった。そこで11日(昨晩)NY時間朝に、FRBは新たな流動性供給に踏み切ったのだ。
まず背景から説明しよう。現在進行中の流動性危機=金融不安の最大の問題は、銀行やヘッジファンドが大量に保有するサブプライム関連などの価値が大幅に毀損した債券に買い手が居ないこと。トランプゲームでババを引いてしまったが、ババカードの裏に傷でもついてバレバレなのか、それを誰も引いてくれない状態である。サブプラム関連債券の取引市場もないし、価格もつかないから含み損の正確な査定もママならない。そこで、FRBが"うちが(とりあえず)引き受けましょう"と宣言したのだ。
プライマリーディーラーと呼ばれる証券会社を通じ、トリプルA格のMBS(住宅担保債券)を担保として、FRBが国債を貸し出すという妙案である。これによって、銀行も、さらに間接的にはヘッジファンドも、売るに売れずやきもきしていた手持ちのMBSをFRBに差し出し、すぐに売れる(流動性の最も高い)米国債を借りて市場に売却することにより、とりあえず資金化できる道が開けた。ただし、28日間限定という条件付き。足元の資金繰りについては一息つけるというわけだ。
市場の評価はマチマチ。NYのCNBCは"画期的な証券貸出制度"で、これまでのFRB緊急対策とは一味違う、との評価。FRB保有在庫の米国債800億ドルの三分の一以上にあたる250億ドル相当を貸し出すというのだから、腰の据わった対策と言う。しかも、単なるbailout(救済策)ではない。それを映してNY株式も素直に金融株大幅反騰によりダウ416ドル急騰。
対して、このFRB介入の影響も2-3か月しか続かない。"一時凌ぎ"という厳しい評価も多い。これまでも、FRBは、あの手この手を危機の度に打ってきたが、結局、サブプライム危機が悪化したではないか、と懐疑的なのだ。
筆者の見解は、譬えて言えば、腎臓病患者に透析処置を施すような対策。悪い血を新しい血と交換できるが、腎臓病そのものの根治とはならない。2ヶ月後には再び来院して治療受けねばならぬ。
最大の問題は、counterparty risk(マーケット内の債務不履行リスク)が残ること。たとえば、昨日のNY株式市場で、くだんのベアースターンズの株式は、それほど回復しなかった。引き続き"資金ショート"の噂が流れ、二日続けて同社トップが"そんな噂はナンセンス!"と一刀両断しても、マーケットの不信感がくすぶる。"うちは大丈夫"と言えば言うほど、市場は疑心暗鬼になる、というのが銀行取付け騒ぎの常さ、と肩をすくめる。
さて、各市場の反応。債券市場は、FRBからの米国債貸出で需給が緩むから、債券価格は急落、利回りは上昇。とりあえず"質への逃避"買いは後退。信用不安が緩和されると、投資家がリスクを取るようになるから、円キャリー復活という観測で円は売られ103円台半ばまで下落。ユーロは、昨晩発表のドイツ景況感指数が事前予想より良かったこと。ECB幹部の"景気後退よりインフレ懸念=利下げせず"発言に支えられ、それほど下げず1.53台。全体としては、FRB新流動性対策を好感してドル反騰と言えようか。
となれば金は売り。FRB発表前までは985ドルまで反騰していたが、発表後は968ドルまで急落。しかし、その後は973ドルまで戻している。相変わらず押し目は、すかさず拾われる。
FRB新対策とはいえ、3月18日のFOMCの大幅利下げ観測は変わらず。ただし、75bp予想が80%以上から発表後は60%台へ下がってはいる。対ユーロのドル安トレンドも変わらず。そして、何と言っても、原油が109ドルという史上最高値更新。ここにきて原油価格中期予想が相次いで上方修正。平均94ドル程度に底上げされてきている。この原油先行高は、いずれ金の割安感を誘い、金買いに波及しよう。危惧されたヘッジファンドの換金売りも切迫感が薄れ、今月から5月の決算期前まで"執行猶予"の感あり。
プラチナは1900ドル―2000ドルの水準を一進一退。と言っても24時間で100ドル変動する、極端にボラティリティー高い相場ゆえ、プロたちも怖がって手出しせず状態。
最後に、気になる米景気動向だが、これでますますダブルディップの可能性が強まったと見る。(本欄3月4日付け"1000ドル目前 これからどうなる"参照)。今回のFRB新流動性対策に加え、一人当たり600ドルの税還付がこれから小切手で国民に発送されるという、財政出動のカンフル剤二本の注入で、まずは景気も浮揚。しかし、カンフル剤の効果が切れると、ふたたび景気悪化の懸念が浮上。FOMCの政策金利設定が、この変化に臨機応変について行けるか。脳神経手術並みの繊細な対応が求められる。バーナンキさんにはつくづく同情するよ。誰がやったってサブプライム不況と原油高インフレ懸念の間をうまく乗り切ることなど出来るわけない。今年いっぱいは、そしてたぶん来年も、マーケットはドル金利に振り回されることを覚悟せねば。
なお、中国インフレ率8.7%というのも気になるね。全人代目標値4.8%の倍近い水準だ。オリンピック前に、どこまで経済を引き締められるか。人民元相場も対ドルで年率10%近いスピードで上昇を許容されている。とはいえ、1月末の外貨準備高は1兆6千億ドルに迫ろうかという増加。中国経済も、いよいよ待ったなしの正念場だ。