豊島逸夫の手帖

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Murder on the Financial Express(フィナンシャル急行殺人事件)

2008年10月7日

今日のタイトルは、もちろんアガサクリスティーの"オリエント急行殺人事件"をパロったもの。

昨晩、リーマン元CEOファルド氏の議会証言を見ていると"お上に見殺しにされた無念さ"が滲み出ていた。リーマンの不幸は、危機発生顕在化のタイミング。べアスタ、二大住宅公社と続けて公的救済に踏み切ったベン&ヘンリーとしては、"いつまでもあると思うな助け舟"というメッセージを鮮裂に発する必要があった。

しかし、これはベン&ヘンリーの"末世に残る判断ミス"であったようだ。リーマン株価は急落を重ねた挙句に段階的に紙屑になったが、(無担保)社債は一夜にして紙屑同然になった。その総額は16兆円。そのうちの1億円は昨日書いた埼玉県東松山の福祉協議会であった。さらに、"高格付け"のリーマン債券を組み込んだ"安全資産"MMFが元本割れしたことで、パニック的解約ラッシュが勃発した。そして、多くのヘッジファンドは運用株式をリーマンの口座に預託していた。ただでさえ解約ラッシュ対応に追われているヘッジファンドにとっては、正に泣きっ面に蜂。そしてついにはコマーシャルペーパー(CP)市場にまで禍が及び、短期資金調達が難しくなった企業は、当座の必要のない分まで与信枠を使い切りキャッシュ退蔵に走る。3枚クレジットカード持っている個人が、当座現金の必要がないのに、それぞれのキャッシング枠を全額現金で引き出すようなものだ。これらのリスクの連鎖までは、ベン&ヘンリーの黄金コンビも読めなかったのだろう。もし読めていたら、見殺しに出来なかったはずだ。

そしてユーロ暴落。1週間で150円台から130円台へ。本欄でEU圏に津波が来るぞと警報を発したのが10月1日のことだったが、それから第一波が襲来するまでの早いこと。さらにアッという間に第二波、第三波と、まさに波状攻撃がEU圏金融機関を直撃した。ユーロファンであった筆者も自ら警報を発した日に即脱出したが、逃げ遅れた人たちが心配...。

EUの危機管理の弱点が露呈してしまった。経済統合とはいえ、政治的主権は独立しているEU。ベルギーの銀行がフランス国内の支店でどこまで不良債権を抱えているか、フランス当局の関知は薄い。ベルギー当局もフランス領内の主権を侵してまで強制捜査は出来ない。ここにサブプライム汚染度の実態が掴みにくい寄り合い所帯の限界がある。

さらに本欄4月22日付け"スイス メガバンク凋落"で書いたように、UBSクラスの国を代表する銀行は"国策銀行"に近く、取締役陣にもそうそうたる財界の重鎮が並ぶから、"自国の恥"は晒したくないという思惑も強く働く。隣国の銀行救済に我が国がなぜカネ出さなければいけないのか、という納税者の不満も抑えきれない。(その点、欧州に実質的営業の核があるAIGの救済に自分たちの税金が使われた米国人が、よく黙っているものだと思うよ)。フォルティスのベネルック三カ国共同救済にしても、それぞれの国内のフォルティスに分割して、三カ国が各自対応したカタチだ。

外為市場では、ドル円の弱さ比べの中でユーロが漁夫の利と書いてきたが、今や、ドル、ユーロ、円の三つ巴で弱さを競い、サブプライム汚染度が最も低いと認識されている円が浮上してきた。加えて、円はVIX指数同様に、マーケットのリスクを映す鏡みたいな位置付けにある。投資家が今回のようにリスク回避に動けば、円キャリー巻き戻し=円買い戻しという発想だ。(ちなみに昨日はVIXがなんと58だと!40台突破でもびっくりだったのに...)。

NY株はダウ800ドル暴落後、引けにかけて300ドル台まで急反騰。フランス発協調利下げの噂とFRBが無担保融資(unsecured)にまで応じるかも という、CNBC、WSJ観測報道が好感された。

そして金は30ドル急騰して870ドル台へ。それも欧州の早い時間帯でいきなり860ドルまで買われた。まぁ、殺到する解約に応じるキャッシュが必要なヘッジファンドから見れば戻り売りかな...。

年初からのパフォーマンス平均がマイナス9.6%に達し、その上2%の運用手数料を払うとなれば、いかに富裕層といえども黙ってはいない。その富裕層を顧客に抱えるスイスのファンド オブ ファンズが、一斉に各ファンドから現金引き出しに走っているようだ。一応、一般のヘッジファンド契約では、先週が今年末までの解約申し入れ期限になっていたのだが、どうなったことやら...。

ベン&ヘンリー キャピタル マネジメントの慈善救済事業が始まるのは11月から。ヘッジファンドの決算期でもある。"公的救済"により、デリバティブ想定元本のお上の査定が下る。今はまだ手持ちのCDO、CDSなどの価値が査定できずにいることで損失の実態も数量化できず、それが幸いしてヘッジファンドは執行猶予の段階に居るが、11月になるとついに実刑判決が下ることになろう。禁固2年かな、いや5年かな、執行猶予は付くかな??判決前夜が、株などのマーケット全体の大底(陰の極)と見る。

2008年