豊島逸夫の手帖

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ヘッジファンドは公的救済されず

2008年10月17日

大局観(鳥の目)でマーケットを総合的に俯瞰してみよう。NY株式市場のテーマが金融危機であったときは、日本の経験からも"公的資金注入"というエースカードを切れば、少なくも輸血効果は見込めた。しかし、いま、テーマが実体経済悪化に移るや、即効性のあるエースカードは無い。輸血した患者の患部が相当悪化しており、治療にも時間を要する。こちらのほうがやっかいである。

米国人もついに"frugality=倹約"に目覚めた。つい2年前であれば、"Frugality?? Kind of weird...=倹約だって?なに言ってんの...。人生思いっきり楽しもうぜ"という反応であった。

ケインズは"倹約のパラドックス"を説いた。個人が倹約することは美徳であるが、経済全体にとっては好ましいことではない。しかし、今の米国人に言わせれば、"I cannot help the economy. I have to help myself."=国の経済全体にかまっている余裕などない。自分のことだけで頭の中がイッパイなのだ。かくしてメタボ経済のダイエットによるスリム化が進行する。

行き着く先は縮小均衡である。周辺国を踏み台にして(近隣窮乏化政策)、自国経済は保護主義の網で守る。金融経済もフィナンシャルイノベーションを旗頭に、レバレッジを掛けて派手に儲けるビジネスモデルから、地味にコツコツ稼ぐ手法に移行中だ。そして公的救済を施すお上の口出しも増える。公的資金を受ける某米系大手銀行の幹部がぽつりと、"これからpublic servant=公僕としての意識も持たねば"と呟いたのが印象的。

その公的資金は米国債発行により賄われるのだろうが、その米国債を誰が買うのかと言えば、結局、中国、中東、日本など。(中国の外貨準備は増加率減少とはいえ、ついに2兆ドルの大台寸前)。

なんのことはない、これまでは米国民の豊かな暮らしを支えるために"国際貢献"していたアジア中東マネーが、今後は米国民の"宴の後"の借金の尻拭いという"国債(?)貢献"役を果たすことになるのだ。そのアジア中東マネーとて自国経済の尻尾に火がついてきたから、他に行くアテも無いしね。

不動産バブル(サブプライム)、債券バブル(証券化商品)、新興国バブルが同時にはじけ、世界の投資マネーは"有事の現金"にしがみついている。

それから、公的救済の恩恵には与れず、重篤な病状のまま医者の診察も受けられず、ひたすら自宅に閉じこもり状態なのがヘッジファンド。玄関口には顧客たちが"カネ返せ、解約だ"と騒いでいる。これまでの生活振りが派手だったからご近所の同情も薄い。さらには健康なヘッジファンドの家にまで顧客が解約だと押しかけ始めた。

本欄9月26日付け"救世主バフェット氏と日本勢の違い"にこう書いた。

(以下引用) これから不良債権に値段がついて、いよいよ被害の実態が明らかになるわけで、ヘッジファンドは相当悲惨な状況になりそう。とにかくマーケットではliquidity=流動性が不足というか皆無に近い状態も珍しくない(金市場とて例外ではないよ)。そこに被害の実態を数字で突きつけられたファンド出資者たちが一斉に解約に押しかけても、返済しようにもキャッシュが絶対的に不足する。金市場にも、追い詰められたファンドのなりふり構わぬ換金売りの余波が押し寄せよう。 (引用終わり)

はたして、この1週間で、その波が金市場を直撃した。昨晩は一時780ドル近辺まで瞬間的に急落。今回のヘッジファンド業界が被った傷は、これまでの比ではないので、まだこれで換金売りの波が収まるとは思えぬ。

ただ、さすがにショートのジェフも、ここから空売りをかけようとは思わない。この数週間は一貫して弱気で、"釘刺し役"を相務めて突き放すような発言をテレビやセミナーでも繰り返して参ったが、ここらでそろそろ"後見人役"に鞍替えしようと思う。"いろいろ荒っぽい所作、値動きしてますが、こやつめは、じっくり付き合うとなかなかにいい奴ですぞ"

さてさて、11日の日経セミナー(大阪)では、かなり金価格についてはきつい話をして、主催者側の方々を困惑させてしまったことが祟ったのか、ただでさえ老朽化著しい車体がついにダウンし、3日ほどピット入りして給油しておりました。更新の間隔も空いてしまった次第。

また、サーキットに出て、今週末は東京でWGCセミナー(六本木)。再来週は中国出張して、ディカプリングの夢破れた感のある中国のその後の実態を見てきます。ちょっと、その塩梅が気になるもので、自分の目で確かめたい。中国のマクロ経済データほどアテにならない数字はないからね。

PS
色々書き残したことが今日はあるけれど、金融危機問題とて、まだ巨額の簿外資産(SIV)の問題とか、何千もの住宅ローンを束ねたことで釣り糸が絡み合ってうまく解けない状況は続いているのだ。
2007"年6月27日付け本欄"福袋のリスク"を改めて読み返して欲しい。1年以上前の原稿だが、その鮮度は落ちていない。(それほどに複雑化してしまった仕組み商品なのだ)。
それから、プラチナは 皆が"下げ過ぎ"と思っている間は上がらない。皆が見放したところで底を打つ。

2008年