豊島逸夫の手帖

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独『金塊』3兆円本国輸送の真相

2013年2月19日

19日の日経朝刊商品面「多面鏡」に、「独連銀、保有金を自国へ移動」と題する記事が掲載されている。
「ドイツ連邦銀行は先月、国外に保管している保有金のうち674トン(3兆3千億円相当)を2020年末までにフランクフルトにある連銀金庫に移し、国内保有率を50%まで引き上げると発表した。」
ということで、これから、ニューヨーク連銀から300トン、フランス中央銀行から374トンの金塊移送作戦が展開される。
セキュリティーの観点から当然、移送作戦の詳細などは一切発表されていないが、パリからフランクフルトは陸路、ニューヨークからフランクフルトは空路となろう。
飛行機で300トンもの金塊を運ぶとなると、一機あたりの許容保険額に上限が課されるので、数十回に分けて実行することになろう。

実は、日本の財務省が300トン強の金塊を購入してニューヨークから成田まで輸送したことがある。1986年、昭和天皇在位60年記念で10万円金貨1000万枚が発行されたときだ。その総指揮官が当時、理財局国庫二課長であったミスター円こと榊原氏で、筆者も微力ながらお手伝いをした。
この金塊は外貨準備ではなく、記念金貨鋳造用なので、当時の大蔵省の資産勘定に繰り入れられた。その未使用分が未だに同勘定に残っている。将来の記念金貨鋳造用在庫と見られる。
なお、記事中では、日銀が保有する金765トンの保管場所が公開されていないし、金の存在の確認に関する議論もおきていないことに触れ、「ドイツ人が心配性なのか、日本人が能天気なのか」と問うている。

今回、独連銀は「情報の透明性」を強調しており、連銀HPで、1950年まで遡り、ナチに略奪され、ほぼゼロになった公的金保有を、戦後3396トン(米国に次ぎ第二位)にまで積み上げていった過程まで記されている。これまで秘密のベールに包まれてきた外貨準備としての金保有に関して、異例の情報開示だ。
また、中央銀行が金を保有する理由として、

  • 外為市場介入用の資金源であり、必要な時に最も迅速に現金化するには、一部をニューヨーク・ロンドンなどの主要金融市場に保管しておくことが重要
  • 公的に金を保有することで「心理的な安心感」が醸成され、通貨価値の安定に資する

と述べている。

それにしても、ドイツ連銀が、今、なぜ、大量に外貨準備として保有する金塊のレパトリに踏み切ったのか。
筆者の「深読み」はこうだ。
今のドイツは内向

志向にある。ひっこみメルケルなどと揶揄されることもある。そのココロは、「戦後賠償も充分にしたことだし、EUのコア国として、巨額の救済資金も拠出してきた。もう、このへんで、我が国のことはほっておいてほしい。」
特に、フランスのサルコジ時代は、派手な同大統領が「フランスが前面に出て、欧州をリードする」という姿勢を明確に打ち出していたので、その比較で、地味なメルケル首相の「ひっこみ姿勢」が鮮明であった。
オランド大統領に変わり、フランスもコア国陣営から、被救済側の周辺国に接近しつつあるが、9月の総選挙を控えドイツ国民の内向志向は変わらない。「もうギリシャ救済にも充分すぎるぐらい貢献したことだし、メルケル首相にも、EUより国内にもっと目を向けてほしい」との選挙民からの圧力もかかる。
そのような政治経済環境の中で、外に預けてある金塊も内に置いて、仮にギリシャのユーロ離脱の事態となっても、危機が去るまで「巣篭り」のための備えだけは堅固にしておこう、と考えても不思議はなかろう。
本欄では、メルケル首相の本音はギリシャを切る。しかし、ギリシャ離脱がスペインに「延焼」しないための防火壁(救済資金プール)を構築するまでは、瀬戸際で妥協して先送りする。その意味で、ギリシャ問題も未だ7回表、と書いてきた。
その本音が、今回の金塊レパトリ作戦で、透けて見えるように思える。
実は、イングランド銀行に預けてあった930トンは既に移送済みとも独連銀HPで公表されている。
いま、イギリスは、EU離脱か否かを2017年に国民投票にかけるとキャメロン首相が提案して英国内議論が沸いている。
最新のフィナンシャル・タイムズ紙の世論調査によると、離脱賛成が5割、反対が3割とのこと。
本欄1月8日づけ「2013年世界のリスク、JIBsにご用心」に、日本、イスラエルに並び英国が欧州連帯から取り残されるリスクを指摘したレポートを紹介した。
このような状況で、ロンドンからフランクフルトに大量の金塊を既に移送していたという事実に、ドイツ流のしたたかさを感じる。
更に、フランスがコア国から周辺国寄りになっていることが、パリからの保管金300トン移送の背景にあるとも深読みできる。

金は、保有者の本音を映す鏡のようなもの。
さすがのメルケル首相も、金塊に映ったおのがココロにまでは気づかなかったのかもしれない。

2013年