2013年3月22日
黒田日銀総裁の記者会見を受けた21日の欧米市場で、円は一時95円台を割り込むなど円高の反応を見せた。
本来「通貨の番人」とされた中央銀行の日銀新総裁の記者会見後に、円の価値が上昇することは、マーケットが信任投票したことを意味する。
しかし、今回ばかりは、通貨価値の安定より経済成長を優先させる新日銀に対する評価だけに、円高の反応には「不信任」のニュアンスが漂う。
ただ、新日銀総裁記者会見の当日に、欧米市場ではキプロス情勢が不安視される中でリスクオフになり、円が「逃避通貨」として買われた、或いは、投機的円売りポジションが手仕舞われた、という面が強い。
総じて、日銀新体制のもとで、中長期的には円安が更に進行するとの見方が欧米市場でも根強いと言えるだろう。
2%のインフレターゲット達成のためには、円相場が30円円安となり、輸入物価が上昇することが必要とのバークレーズのレポートや、ゴールドマンサックスの96円から115円まで長期的な円安予測などが引用されている。更に、同目標達成のためには、資産バブルが起きることが不可避との見方もある。
また、日本経済に危惧されるバブル要因としては、株式・不動産バブルより、債券バブルを挙げる向きが圧倒的に多い。巨額の緩和マネーが結局銀行を中心とする機関投資家により日本国債で運用され、債券保有額が膨張するバブルだ。国債が買われ過ぎ、既に歴史的に低水準の利回りが更に下がり続けると、どこかの時点で臨界点に達し、「劇場のシンドローム」現象(誰かが火事だ=金利上昇だ、と叫ぶと、満員の観客全員が非常出口に殺到する意味)が起きるリスクが懸念されている。最後は国債価格急落、金利急騰のシナリオである。
日本国内では、足元の株価・リート価格急騰そして不動産価格下げ止まりがバブルの兆しという連想を産んでいるが、海外の目はアベノミクスの二本目の矢=財政出動による更なる国債発行残高の膨張のリスクに向いている。
従って、欧米の長期円安予測には、「日本売り」の「悪い円安」のニュアンスがつきまとう。
なお、黒田日銀総裁の発言で、しきりに引用されている言葉がデフレ脱却のため「なんでもやる」という一節。
ドラギECB総裁も、ユーロ崩壊を防ぐために「なんでもやる」と明言しているからだ。
しかし、かたや日銀総裁は中銀として「インフレ目標達成を通じ経済成長達成」のために「なんでもやる」、かたやECB総裁は中銀として「共通通貨ユーロ維持」のため「なんでもやる」と目標は全く異なる。
おりから、ECBはキプロスに対して「25日までに具体的支援プログラムがEU・IMFとキプロス政府の間で合意されなければ現状の緊急流動性支援を打ち切る」との実質的最後通牒とも読める発表をしている。これは「脅し」ではないとECBは言っているが、筆者から見れば立派な脅しだろう。ELAと呼ばれる緊急事態に際しキプロスなど域内各国中銀を通じてECBが資金を供給する制度は、いまや、キプロスの銀行にとって生命維持装置になっているからだ。
これに対し、キプロス政府は、21日づけ本欄「キプロスが発する日本への警鐘」でも述べたところの年金基金や教会資産などを元手に基金を設立する案や、「良い銀行」と「悪い銀行」を選別して、「悪い銀行」は整理する案などを検討中のようだ。少額預金者の口座は「良い銀行」に残し、大口預金者の口座は「悪い銀行」へ移管するなどの案も市場には流れる。
しかし、大口預金者の多くはロシア人ゆえ、プーチン大統領が黙ってはいまい。既に、EU・IMFとキプロス政府の交渉にロシアも参加させるように働きかけているという。しかし、これはEUとして受け入れがたい。欧州への天然ガス供給停止という切り札をちらつかせるロシアと欧州の関係悪化も懸念される。
そして、ECBは、キプロスを締め上げて結果的にユーロ離脱を誘発させてしまうシナリオをもひそかに恐れることだろう。
最後に、FRBのバーンナンキ議長も20日のFOMCで米国経済成長重視の金融緩和政策継続の強い意志を再確認した。しかし、米国経済指標の好転とともに、FOMC内での早期緩和終了論も強まっている。かたや、金融緩和の出口を模索し始めたFRB,かたや、新たな金融緩和の入り口に立つ日銀。
そのFRBのバーナンキ議長も任期が13年1月で切れ、続投せずと見るFEDウオッチャーが多い。後任は、イエレン現副議長が最有力だが、同女史は「ハト派」ゆえ、基本的緩和路線を踏襲すると見られている。ただ、人事問題ゆえ、予断許さず、今年後半から来年にかけては、FRBの新体制と、日銀の新体制の間の「量的緩和競争」に外為市場の注目が集まりそうな予感がする。