2013年11月22日
筆者は、米国最大の年金基金カルパース(カリフォルニア州職員共済年金基金)のCEOを9年間務めた人物の元で6年間働いた。ジェームス・バートン氏という生粋のカリフォリニア育ちの米国人である。
今、GPIF運用方針の転換が話題になっているが、カルパースの運用方針のリスク資産バイアスを強めるキッカケになったイベントが、米国同時多発テロであった。
「伝統的アセットクラスだけでは分散が効かない」ことをバートン氏は、あらためて痛感したという。
「ニューヨークのワールド・トレード・センターが崩壊するリスクとは独立したリスクを持つ投資媒体をポートフォリオに組み込む必要性についてのコンセンサスを固めたイベントであった」と語る。
そこで、カルパースは所謂「代替投資」セクターの投資媒体の試験的運用を始めた。
まず、お膝元カリフォルニアのナパ・バレーにあるワイナリーへの投資。ワインの出来不出来は、ウォール街を動かす経済要因からは独立している。「ワイン投資」はリスクがあるが、そのリスクのベクトルが伝統的アセットクラスからは独立しているので、「リスク分散が効く」投資対象なのだ。
次に手がけた代替投資媒体がカリフォルニアに近いワシントン州での植林事業であった。苗木の段階から材木になるまでの過程にカネを入れるので、10-15年スパンの長期投資だ。今ではtimber fund(材木ファンド)などが商品化されているが、当時の年金基金としては斬新な発想であった。ここでも、ポイントは植林事業もリスクがあるが、ユニーク(独特)のリスクであり、ポートフォリオ全体のリスク分散に資するという点だ。
しかし、ワイン市場も植林事業も流動性が限定され、市場規模が極めて小さい。
大型年金ファンドにとって、「入るは易く、出るは難い」。
そこで、次に目をつけたのが「天然資源セクター」。その中では流動性のある市場を持つゴールド(金)であった。
しかし、当時の年金基金にとっては、あまりにもエキゾチック(馴染のない)な単一アセットクラスであり、勘定項目さえ無く、保管方法も分からない。そこで、2年にわたるSEC(米国証券取引委員会)とのやりとりを経て開発され上場された商品が金ETFであった。金現物はカストディアンである信託銀行が保管して、現物の上に信託権を設定し、その受益証券を発行・上場するという立てつけは、「現物の有価証券化」を可能にして、年金基金のポートフォリオになじむ投資商品となった。
とはいえ、彼とても、10年後にニューヨーク証券取引所で、金ETFの残高がSP500のETFを上回る最大規模に達するとは思わなかったであろう。
米国の年金基金も日本同様、基本的には保守的で、カルパースのようなオピニオン・リーダー的なところが動くと、他の州の年金もなびく傾向が顕著である。
バイサイド(買い手)の発想で開発された商品ゆえ、「横並び」の業界行動様式に乗って「大化け」したわけだ。
いま、日本ではGPIFという世界最大の年金が、やっと重い腰をあげ、リスク資産への分散運用の検討を始めた。そのキッカケはテロではなくアベノミクスであった。
米国に遅れること15年余。
省際問題などに阻まれ、実現までの道のりは紆余曲折が予想される。しかし、GPIFが動くと、民間の年金への影響度は計り知れない。企業年金内でリスク資産への抵抗感が薄れる。新規運用について稟議も立てやすくなる。GPIFに先んじて動くであろう。
債券重視の運用が分散化される動きも、民間年金基金の間では、「横並び」で加速してゆくことを、カルパースのケーススタディーが示している。
今週、ジャパンCFOサミットというイベントがあり、パネリストとして参加したのだが、「GPIFさんがやるなら・・・」という呟きが聞かれた。錦の御旗を連想した。
アベノミクスが年金運用を変えつつあることはたしかである。