豊島逸夫の手帖

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初心者用原稿 バブル、バブル、バブル

2013年6月24日

日本株が上がればバブル、国債もバブル、円安もバブル、中国もバブル、金もバブル。いやはや、メディアに「バブル」という言葉が流れない日はない。特に日本人は、強烈な「バブル」を体験した後で、長期デフレ不況のドツボにはまったので、ことのほか神経質になっているのだろう。
先日、1988年生まれ(現在25歳)の若者たちと、1988年入社(現在おおよそ47歳)の会社員たちの対話をテレビで見た。1988年といえば、株価が史上最高値をつける前の年。まさにバブル絶頂の年だった。そのとき社会に出た「バブル世代」と、世に生まれた「氷河期世代」の考え方が鮮明に出ていて興味深かった。

例えば、就活。バブル世代組の一人は、大学のあった金沢から東京にある企業に面接に行くと、「お車代」として1社1万円貰えたのでアルバイト感覚で5社まわり、5万円稼いだという。しかも、内定をとると、他社の入社試験を受けさせないよう、企業側が即海外旅行に招待してくれたそうである。「パスポート持って、明日来い。すぐ外国へ連れていってあげるから」と言われたという。
これを聞いていた「氷河期世代」は「ウソ!」「マジ!?」といわんばかりの表情。当然であろう。この世代組からは、エピソードとして、青森から高速バス(一人4000円)を使って上京し、入社試験のハシゴをしたという体験談が披露されていた。虎の子はたいて買ったリクルートスーツにシワが寄らないように、ジッと動かず眠らず、座りっぱなしで乗っていたそうだ。

両世代のおカネに対する考えも根本から異なる。
バブル世代は、いかにおカネ使って楽しむかという発想が未だに心の底に残っている。対して、氷河期世代は、いかにおカネを節約して貯めるかという考えだ。筆者が以前、日経ウーマン・オンラインに寄稿したとき、編集者から「投資という言葉は×。貯めるという言葉がキーワード」と教えられた。
いっぽう、バブル世代は新車を買って、かっこいいレストランで食事をして、といった生活への憧れが殆ど世代DNAみたいに沁み込んでいる。氷河期世代が、いかに生活費を切り詰めるかという生活に慣れきっていて、それが当たり前のことと思っているのと対照的だ。
筆者も、セミナー講師として投資最前線で、この世代間の差をしばしば体感してきた。
バブル世代の参加者が多いセミナーは、会場内がムンムン。「豊島という講師はプロらしいから、きっと金儲けの裏ワザを知っているに違いない。」という期待感があるようだ。そこで筆者が自らのスイス銀行チューリッヒ・ニューヨーク時代の体験談を語り、相場なんて相撲でいえば8勝7敗で御の字。7勝8敗を続けると即クビ。1勝でも勝ち越しを12年間続けることが出来るのがプロたる所以。相場に打ち出の小づちもないし、占いの水晶玉もないと語ると、途端に会場の雰囲気が「盛り下がる」のだ。なかには、そんな筆者を「ケチ」という人もいる。その発言の前提としては、「水晶玉」を持っているのに見せてくれない、という先入観があるのだろう。そういう人に「水晶玉などないのだ」ということを分かってもらうだけでも大変なエネルギーが要る。

対して、氷河期世代は言われなくても、「コツコツ貯める」という発想を当然のように受け止める人が割合として多いように感じる。物心ついてから、厳しいデフレ時代しか知らないので、「うまい儲け話」など、最初から「まゆつば」と警戒することが身についているのだろうか。
とはいえ、こういう氷河期世代の参加者もいた。
「自分は生まれてこのかた、ほとんどいい思いをしたことがない世代。さらに、世代間の負の遺産を引き継ぐこれからはもっと大変な時代になることを覚悟している。だけど、なにか悔しい。俺でもやればできるんだということころを見せつけ、見返してやりたい。それで投資するんです。」
これには、正直、ふーむ、と考え込んでしまったものだ。

しかし、バブル世代でも結婚して子供を持つようになると、やはりデフレ不況の厳しさをいやでも実感させられてきているので、投資も「肉食系」からコツコツ堅実「草食系」に転向する人たちも最近は目立つ。
これが、氷河期世代の若夫婦、赤ちゃん連れの参加者となると、更に、切迫感がある。いわく、
「自分たちの世代がいいことないことは、しょうがないと諦めました。でも、かわいいこの赤ちゃんだけには、私達のような思いをさせたくないと本心から思うんです。豊島さん、この際、日本を捨てて、海外に新たな活路を求めるべきでしょうか。世界を廻ってきた体験で、どこか、お奨めの地はありますか?それから、日本に残るとして、この子が成人する20年後まで価値が残る資産って、なにがあるでしょう。私達の財力では大したことは出来ませんが、それでも出来ることはしてあげたいのです。」
そのけなげな気持ちの発露に、こちらも、思わず、グッときてしまったものだ。
聞けば、この若夫婦。赤ちゃんが出来るまでは、投資らしきものといえば、バクチ気分でFXに興じていたそうだ。しかし、自分たちが授かった赤ちゃんの顔を見た瞬間から、20年後、30年後を見据えた超長期投資派に変身したという。
ちなみに、そのときのセミナーのタイトルは「年金不安世代のための草食系投資のススメ」であった。

こういう参加者が主体の筆者のセミナーを「参観」していた某ディレクター氏が、ポツリと一言。
「豊島さんのセミナーって、進学塾みたいですね。」
たしかに、投資・経済セミナーにありがちなムンムンとした雰囲気がない。几帳面にノートの罫線に沿ってメモっている。
赤ちゃん連れゆえ、たまに泣き始めたりする。その時、ロビーまで出てあやす役は、まず「イクメン」だ。これも時代の流れであろう。
先日は、キッズ・ルームつきの会場でセミナーをやった。授乳設備も会場施設としては重要になってくる。

アベノミクスに対する期待感も、バブル世代は「夢をもう一度」となるわけだが、氷河期世代は最初から大して期待せず、冷めていることが多い。
株の新興市場で値動きの荒い銘柄に突っ込んでゆく世代と、積立株式投資でコツコツの世代の対比が印象的だ。
政権支持率7割の勢いで安倍政権に賭ける世代と、アベノミクスの成功を願って株も買うが、失敗したときのヘッジも今から講じておくという世代の違いでもある。
凍りついたマネーが、アベノミクスを契機に徐々に解凍されてゆくプロセスは、ごく当たり前の資産運用の世界だと感じている。当然、リスクもともなうわけだが、今や、リスクのない資産などない。リスクから逃げまわるリスクのほうが遥かに危険だ。
ただ、日本人には「今日買った株が翌日値下がりすると目の前が真っ白になる」というタイプが多く、リスク耐性が低い民族だ。
筆者がチューリッヒで外為・貴金属のディーリング業務に従事して、連日相場を張っていたときのこと。負けた日は、帰宅の車内で「ああ、なんであんな高い所で買いを入れてしまったのか」などと悔いることが多く、自らを「女々しい」と感じていた。同僚のスイス人たちは、負けた日はテニスに汗を流し、ビールをひっかけて、さわやかに気分転換できている。
そこで、あるとき、ロンドンだったが、現地日本人ディーラーたちとの酒の席で、その本音を語ってみたところ、実は私も、と共感する人たちが多かった。やはり日本人の民族DNAかと実感したものだ。
その体験から、素人の投資初心者には、いまは数万円から始められるETFという便利なツールがあるから、まずは「買ったことを忘れられる金額から始めてみなさい。」と説いている。「投資ばかりは、理屈どおりにはゆかない。リスクをとってカラダで覚えるしかない。知識量と投資の実績が比例するなら、大学教授が一番儲かっているはずでしょ。でも、近年、悪徳商法にひっかかる人で目立つのが大学教授ということを、捜査担当刑事さんから聞いたことがあります。
スイス銀行のトレーダーの半分は高卒でしたよ。学歴などなんの役にもたちません。私は、米国のウオートン・ビジネス・スクールで近代ポートフォリオ理論も学びましたが、実践の世界では殆ど役に立たなかった経験があります。所詮、CV(履歴書)をキレイにするだけのためのものでした。」

初心者が1万円でも投資すると、それまでワイドショーしか見なかった人が、NHK BSの国際ニュースなど見始めるものだ。そうなればしめたもので、体験と知識が同時に(徐々にだが)身についてゆく。3か月もすれば、自分なりに「相場観」らしきものがおぼろげながらも形成されてゆく。そうなれば投資といわれても「右も左も分からない」という不安感は薄まる。
株でも金でも、まずは3か月計画で、少額から始め、自分の「欲」を良い意味で利用して(誰でも買ったら値動きが気になるものだから)勉強してゆこう。

なお、日経マネー最新号18-19ページに「豊島逸夫の世界経済深層真理」特別編、最新NYレポートが掲載されてます。

2013年