豊島逸夫の手帖

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キプロスが発する日本への警鐘

2013年3月21日

ある日突然「預金課税」が告げられる。慌てて預金を引き出そうと銀行支店に走ったが、ATMには長蛇の列。しかも支店の営業は来週までクローズ。万が一、このまま銀行が破たんすれば、預金の3割から4割は戻ってこない。或いは、事と次第によっては、営業再開後に引き下ろせるのはユーロではなく、新通貨かもしれない。
個人預金者には悪夢のようなキプロスの話だが、他人事ではない。
国がアベノミクスのようなインフレ政策を採れば、実質金利が低下して、国民の預金は目減りするので、預金課税と同じ効果となる可能性がある。
更に、キプロスはユーロを導入したことで、自国通貨の価値を切り下げる通貨安競争で国の再建を模索する道も絶たれている。
しかし、日本は既に「デフレ脱却」という錦の御旗のもとで、円の価値を引き下げる政策が国民の支持を受け、円高不況から脱出の道を模索している。そこで、自国通貨価値が下がれば、円預金の対外的価値は目減りする。特に、貿易収支赤字傾向が定着した今、円の購買力低下は庶民生活を直撃する。1ドル95円までは、日本製品の競争力回復に資することが歓迎されたが、100円に接近すると、徐々に、自国通貨の価値下落のマイナス面が意識され始める。
日本では、ある日突然「預金課税」という極端なシナリオは考えにくい。しかし、国債残高が1000兆円規模に膨張する国が、財政規律をおろそかにすれば、国が最後にアテにするのは、1500兆円を超す個人金融資産だ。
キプロスは、伝統的に経済関係が強いロシアをアテにしている。日本が経済関係が強い国といえば、まず米国だが、既に公的債務上限に達した国ゆえ、「トモダチ」の経済的面倒まで見る余裕はない。
かといって、中国に日本国債を買ってもらうことも、国家経済安全保障の観点から抵抗があろう。残る選択肢はIMFくらいか。
アベノミクスの3本の矢の一本目と二本目、即ち「金融政策」と「財政政策」の孕むリスクを、キプロスという「小宇宙」に垣間見る。

さて、キプロス問題については、19日づけ本欄「プーチンが狙うキプロス沖の天然ガス」で既に予告した同国財務相のモスクワ訪問が焦点となっている。キプロス近海の天然ガス開発権を担保とする債券を発行して買ってもらう案、そして、(これも庶民はゾッとする方策だが)年金基金を国有化して、資金をねん出する案なども検討されている模様だ。
ただ、天然ガス資源については生産開始が早くて2019年となり、しかも、近隣諸国との領有権問題もくすぶっている。そこで、本欄でも触れた「ガスプロム」の金融部門にあたる「ガスプロム・バンク」に、キプロスの銀行を買ってもらう案なども浮上している。

EU側の気持ちも複雑だ。
少額預金者は保護して、残高10万ユーロ以上の大口預金者に課税すれば、結果的に、ロシア人預金者が最大の不利益を被ることになる。ただでさえ、今回のキプロス救済に関して、ロシア側に何も相談がなかったことで、プーチン大統領はおかんむりだ。そのロシアに欧州は天然ガス供給の36%を依存している。(欧州は米国からのシェールガス輸入によりエネルギー供給元分散を図るが、未だ先の話だ。)
地政学的にも、EU側が妥協せねば、キプロスがEU離れでロシアの方を向くリスクがある。
特に、ドイツには、反キプロス論が根強い。そもそも、キプロスが法人税を10%にしてオフショア金融センターを目指すビジネスモデルそのものを、「税制のダンピング」だと受け止めている。
フランスもロシアの介入には警戒感を露わにしている。
かくして、キプロス側も四面楚歌なのだ。
それでも、ここまではECB(欧州中央銀行)のEU圏内銀行への流動性供給という生命維持装置のおかげで、キプロスの銀行は生き延びてきた。しかし、EUからの救済をキプロスが受け入れなければ、いかに「なんでもする」発言のドラギECB総裁とて、安易な資金供給は出来かねる。
欧州側からは「救済資金の足りない分は自分たちで何とか工面しろ」と突っぱねられ、ロシアの言い分を飲めば「ロシアの奴隷」化するリスクもあり、自国民からはEU側からの救済条件を拒否され、同国大統領も銀行閉鎖を来週26日まで延長しての時間稼ぎを強いられている。
銀行業務が再開されれば、大口預金者のロシア人たちは一斉に預金引き出し・資金逃避に走るだろう。キプロス国民も、個人預金者保護より国際金融センターとしての地位確保を優先した現政権に不信感を募らせている。現地紙の見出しは「ロシアン・ルーレット」。 
まさに、大統領がうっかり引き金ひとつ引けば自殺行為になりかねないリスクをはらむ。
たまりかねたキプロスの正教教会は、国内最大の土地保有者として、所有不動産を担保として供する意志を明らかにした。モスクワ訪問中の財務相も「交渉妥結の見通しがつくまでは当地に居残る」と覚悟の様相だ。

それにしても、IMFの統計によると、キプロスからロシアへの直接投資の額が2011年には1288億ドルに達するという。同時に、民間の推計で、ロシアからキプロスへの融資額が1200億ドル前後という数字もある。ロシアの民間融資の7%がキプロス経由ともいわれる。キプロスはロシアにとってのオフショア・バンキング・センターとなっていることは間違いない。
ニューヨーク市場でも、キプロス自体の経済規模は小さいものの、ロシアン・コネクションを不安視する論調も多い。
EUとロシアの「瀬戸際政策」に挟まれた地中海の島国キプロスのかかえる問題の根は深い。

2013年