豊島逸夫の手帖

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米緩和縮小延期で露呈した市場の甘え

2013年9月20日

「FRBには逆らうな」(Don't fight FRB)
巨額の国債・住宅担保証券(MBS)を買い取ることで中央銀行が市場の主導権を握ってきた。FOMC(米国公開市場委員会)が開催されるたびに、声明文と記者会見から「英文解釈」の如くFRBの「真意」を読み取り、市場は上振れ・下振れを繰り返してきた。FRBが「緩和継続」に動けば、「金融相場」が囃され、「緩和縮小」に動けば、一斉に「巻き戻し」が実行された。

中央銀行の金融政策について、透明性が高まれば高まるほど、高速取引を駆使してグローバル・マクロのヘッジ・ファンドなどは、中央銀行の示す売買の方向性に素直に従うだけで、巨額の利益をあげることができた。プログラム・トレーディングを通じて一斉に同方向に取引が仕掛けられ、巻き戻しも同じタイミングで重なる。オーバーシュート・アンダーシュートを繰り返し、市場のボラティリティーも高まった。
バーナンキ・プットともいわれ、景況感が悪化すれば、FRBが債券買い取りを増やすことで助け舟を出してくれる、というプット・オプションのごときヘッジ役を果たすことも期待できた。
その中心的存在のバーナンキ氏の発言にブレが生じ、「緩和縮小延期」というカタチで梯子を外されると、市場には途端に「中央銀行の金融政策に透明性が欠ける」と非難の嵐が渦巻く。ここでもボラティリティーが高まる。

しかし、18日の記者会見を聞いていると、結局、バーナンキ氏の言いたかったことは仮定法過去形を使えば「経済が良い状態であれば、緩和縮小しただろう」ということなのだと感じる。雇用統計などマクロ指標について6月のFOMCの時点のFRBの読みが甘かった、という反省は記者団とのやりとりから充分に伝わってくる。突っ込まれたときに出た「だれも9月に緩和縮小とは言っていない」という発言が本音だろう。あくまでマクロ経済データ次第、という点にブレはない。

バフェット氏は、19日に米国CNBCとのインタビューで、早速今回のFOMCについての感想を聞かれ、こう答えている。
「リーマンショックから5年。バーナンキ氏は非常に良い仕事をした。後任問題が注目されているが、彼の続投が望ましい。4割バッターをラインアップから外すチームはない。」
FOMC当日にNY証券取引所で対談した著名投資家ジム・ロジャーズ氏も、「個人的運用は5歳と9歳の娘に残すための超長期投資」と言って憚らず、緩和縮小どうなると聞かれても、「そんな短期的ことは分からない。コメンテーターにでも聞いてくれ。」と軽く流していた。

1484a.jpg要は、長期投資家はFOMCのたびに一喜一憂することはない。騒ぐのはファンドなどの短期投機筋。そして、見方が外れたエコノミストとメディアであろう。

18日付け日経コラムで「FOMC初日、緩和縮小延期の可能性浮上」にも書いたように、「労働参加率低下など懸念される米国マクロ経済指標も無視できない」「QE依存症ともいえる市場へ、流動性の点滴を減らして症状のぶり返しはないのか」と寿司バーで本音を語る旧知の米国人ディーラーたちもいたのだ。
同日会った元FRBスタッフは「超低金利を長期間維持しつつ、国債利回り上昇を誘発する量的緩和縮小を実行することは、中央銀行の現場感覚では、至難の業」とも漏らし、米10年債利回り3%接近を懸念していた。そもそも足元で米国債の最大の買い手となったFRBが、その買い取り額を減らすという行動自体が、市場の不安を増大させている、とも感じた。バランスシートを3兆ドル以上に膨らませた米国の中央銀行が、膨張から縮小に転換することは、アベノミクスにおける黒田日銀の異次元緩和同様に、壮大な実験なのだ。
バーナンキ氏は、記者会見で、フォワード・ガイダンスについて聞かれたとき、「金利が最も効果的な金融政策ツール」と述べていた。とはいえ、ゼロ金利ゆえ、量的緩和に依存せざるを得ない。しかし、この有事対応の非伝統的金融政策は、市場の依存症を誘発し、投入量を増やしても減らしても、ボラティリティーを高めるリスクを常にはらむのだ。

「米国経済が思ったより悪い」。
米国CNBCが実施した投資家調査で、今回のFOMCについての感想について43% の回答者がこう答えたそうである。
波乱の一週間をニューヨーク市場の内部から見続けた筆者も同意見である。

1484b.jpgさて、FOMCを見届けて、深夜帰国しました。
まだNYの現場の熱気にあてられて全開したアドレナリンが抜けきらず、朝からカツカレー(福神漬け大盛り)のスキー場ランチ・モードです(笑)。

金価格については、ショートの買戻しで1300ドル前後から1360ドル台まで急騰しましたが、ここから新規買いのフォローが入るには、米国債務上限問題悪化などのドル安要因が必要でしょうね。
今週はNYで御用繁多だったため、コメントが断片的になりましたが、要は依然短期弱気、長期強気の相場観に変わりなし。緩和縮小の方向性は全く変わらず。時間軸が9月から12月以降に移っただけ。
プラチナは、浮上しつつある南アの鉱山業界規制の問題がこじれそうで上がりそう。元GFMSのCEOポール・ウオーカーが来日して10月8日に一緒にパネル・ディスカッションやるのだけど、彼は南アでプラチナ関連の会社を立ち上げたみたい。
この件は、また別の回に。
それから今週発売中の週刊エコノミストにシリア情勢と原油価格について寄稿しています。
それでは、これから仮眠しますzzzz

2013年