豊島逸夫の手帖

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サウジ地政学リスク、市場が読む次の一手は

2019年9月17日

突然勃発したサウジ地政学リスクに対する反応は原油を除き限定的であった。最近市場変動の震源地となり、今週はFOMCを控える債券市場では安全資産とされる米国債が買われた。しかし利回りは1.84%を挟む動きで、一時の1.42%台に比しかなり高い水準を維持した。金利反転の市場環境の中で地政学的影響も抑制された。

円相場も107.70円台まで円高が進行したものの結局108円台に戻した。NY株は売られたがダウ142ドル安に留まった。金は1500ドルの大台を回復したが、1550ドルの節目を突破した頃の勢いに欠ける。総じて「株売り、債券買い、ドル・円買い、金買い」のポジション巻き戻し傾向の中で、新たな地政学的展開を見極めている。

市場の関心はサウジ報復、米国介入の可能性だ。

トランプ大統領がイラン接近の姿勢を見せ始め、イラン・ロウハニ大統領とニューヨーク国連総会を機会に会談の可能性も浮上していた。対イラン強硬派のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も解任された。かくして後任安全保障担当官不在の状況で、サウジ原油処理施設爆破が勃発した。

基本的にトランプ氏は大統領選挙を視野に原油価格急騰は回避したいところだ。記者会見でも「サウジ爆破後、原油価格上昇は5ドルほどでそれほど上がっていない。」と強調してみせる。更に世論はこの時期に新たな戦争を望んでいない。記者会見でも今や米国は世界最大の原油生産国と余裕を見せ、当面様子見で行動は急がないと語っている。

共和党内では、イランへの攻撃は実施するにしても爆弾・弾薬を使わない非キネティック手段、即ち敵ネットシステムへの攻撃や敵兵士への心理作戦に留めるべきとの意見も根強い。

トランプ氏も決断しかねているようで、記者会見で「(強硬姿勢の)準備はしている。」と語るが、ポンぺオ氏を現地に派遣してサウジと外交的解決の糸口を探る姿勢だ。娘婿のクシュナー大統領上級顧問とムハンマド皇太子はSNSでチャットする仲でもある。なおポンペオ国務長官は実行犯がイエメンではなくイランとほぼ断定的に述べている。

サウジアラビアも対イラン報復措置をエスカレートさせれば、次に狙われる標的が同国水資源の生命線である淡水化プラントの可能性がある。水不足などが国民生活を直撃して社会不安を醸成するシナリオは歴代の国王が伝統的に避けてきたところだ。

イランも経済制裁のダメージにより経済的に追い詰められている。

最悪の事態回避では利害が一致する。

とは言え中東には事態悪化を望む分子も存在する。

イラン国内強硬派のイラン革命防衛隊。

イラク国内でイランの支援を受けた過激派(PMF)。イラク政府も黙認とされる。既にイスラエルが攻撃を仕掛けている。

そしてイエメンのフーシ。「これで終わりではない」と示唆している。

今回の爆破に使われたのが果たしてUAV(武装した無人機)か、巡航ミサイルかとの議論もある。

サウジ原油処理施設まで700キロほどとされる射程距離でターゲットを正確に爆破した。メディアでは空中写真で爆破された主要施設と複数の黒煙の合致が報道されている。

UAVの射程距離は100キロほど。長距離攻撃能力、高精度のターゲット爆破の観点から巡航ミサイルの可能性が指摘される。

更に市場の注目は米中貿易協議への影響だ。

中国は原油最大消費国で中東産原油への依存度が高い。イランは一帯一路の要衝でもある。それゆえ不利。

対して米国は既に世界最大級の生産国となり中東産原油への依存度が低い。それゆえ有利。

この力関係のシフトは通商協議でトランプ側の新たな交渉カードとなろう。

FOMCが開催される週ゆえ利下げ幅が想定される0.25%から0.5%になるシナリオも議論されるが、現状の趨勢は未だ0.25%である。但し、突発的・偶発的急変があればFOMCも無視できまい。

トランプ大統領は「臨戦態勢」とツイートしたが、マーケットも突然の急展開に24時間体制で身構えている。

なお今日発売の週刊エコノミスト「勃発!通貨戦争」のカバー記事20ページでコメントしている。

2019年