2019年7月11日
今月利下げを織り込んだ株式市場にとって、最も困るシナリオは7月FOMCでの利下げ見送りだ。従って、パウエルFRB議長が議会公聴会で米国・世界経済を悲観的に語れば語るほど市場は安堵する。6月雇用統計の如く、かなり良い経済指標が出ると途端に神経質になる。
このようなセンチメントが市場を支配する状況で、注目のパウエル議長議会証言が始まった。
被告席の如き位置に3時間以上座らされ、入れ替わり議員たちが質問を投げかける。イエレン前議長の時は痛々しいほどであった。FRB議長の恒例行事とは言え体力勝負だ。息は抜けない。不用意な一言が株価急落を誘発する。
質問というより制限時間内で選挙区向けの演説を始めるかの如き言動も目立つ。「オピオイド=麻薬性鎮痛薬が我が選挙区では蔓延している。その経済的影響は如何に。」などと質問されてもFRBの管轄外の話であろう。それでもパウエル議長は「あるエコノミストはオピオイド常習者の44%が労働市場から離れていった。」と労働参加率への影響に言及するなど、そつなくこなしていた。
マーケットの視点では想定通り利下げがあるとしてもその内容が気になる。
経済減速・失速を回避するための予防的利下げ(英語では保険利下げ)であれば当面1回で済むはずだ。あとは要経過観察となる。
しかし米国・世界経済の症状が既に重篤であると判断されれば、7月緊急0.5%利下げも視野に入る。或いは年内3回利下げも必要となろう。
低インフレも中央銀行にとって最重要級の問題だ。
たまたま一過性で好転しても、その症状が既に慢性化しているとの所見となれば継続的利下げの処方箋が求められよう。
そこでマーケットは議長発言、そして偶然にも議会公聴会一日目終了直後の発表となった6月FOMC議事録になんらかのヒントを求める。
結果から言うと、パウエル氏はほぼ一貫して悲観的であった。貿易摩擦、ブレグジット、米国財政赤字上限問題と具体的に三つの要因を挙げその影響を危惧した。マーケットにとっては心地よい響きの発言であった。
唯一市場が警戒モードで反応したのが「我々の基本シナリオは米国経済が堅調(solid)。」と語った時だ。「7月FOMCまでにまだ米GDP発表、小売り統計、インフレ統計など重要指標あり。」とも語り、市場の先走りを牽制していた。
しかし楽観発言は3時間余りの中でほんの一時に過ぎなかった。
畳み掛けるように、6月FOMC議事録にもベージュブックの如く全米各地から地区連銀経由で寄せられる現場の懸念発言が並んだ。会合でも「出荷減、新規受注減、企業業績悪化予測、製造業衰退、輸出不調」の報告が相次いだことが記されている。更に「世界経済の不確実性は中期的に顕著で、企業投資の重荷になっている」との現場証言も引用されている。因みにこの不確実性という単語が議長議会証言では26回繰り返されたと米国CNBCは報じていた。
インフレについても、金融緩和政策がインフレ過熱リスクありと考えるFOMC参加者は18名中、2~3名(a few)であった。
公聴会ではパウエル議長が「何かをホットと言うからには、なんらかの熱が必要だ。」との表現で、経済の低体温症状に言及した。
想い起せば、インフレ指標が急落した直後に同氏は「これは一過性」と語ったものだが、今やインフレ好転してもそれは一過性との見方に180度転換しているようだ。2%達成への道は遠い。
なお、この議論で必ずと言っていいほど引き合いに出されるのが「日銀」である。ウォール街でも日本株は話題に上がらず、構造的低インフレの代表格としてジャパンの名前がまず挙がる。「日本の二の舞だけは避けよ。」などと語られる。
最後に、そもそも0.25%程度の利下げをしたところで実体経済の何が変わるのかという冷めた議論も市場では頻繁に交わされる。
金融政策限界論だ。FRBの利下げ余地といっても2%強ほど。ではマイナス金利はとの話題になると、欧州の最新状況が話題になる。マイナス金利が国債から社債へ、そしてチェコやポーランドなど東欧諸国まで広がりつつある。それでも債券買いは続く。今や世界の政府系ファンドの運用配分は債券が株式を上回る状況になってきた。
米国株価は最高値更新中だが、同時進行的に株価の高値警戒感・ボラティリティの高さが長期投資家にも嫌われ、マネーの一部は駆け込み寺の如く債券に逃げ込む。但しマイナス金利ということは、債券の保有者が金利を払うという言わば有料駆け込み寺である。
金融政策の限界が誘発した異常現象と言えよう。
市場の金融政策依存症もいつまで続くのか。
10日のNY市場では、金価格が1390ドルから1420ドルまで突出して跳ねた。ドルの代替通貨として金が買われるという現象はFRB金融政策への不信を映す。金色の駆け込み寺も盛況である。
金融政策依存症が金融政策不信症に変わる兆しとも読める。