豊島逸夫の手帖

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長短金利逆転、なぜ?いつまで?

2019815

8月の「金利怪談」に株式市場が震撼。NY株は今年最大の暴落。対するNY金は1520ドル台まで急反発。今週は本当に目まぐるしい動きだ。

ダウ平均前日比800ドル安値引けのキッカケは中国と欧州であった。中国工業生産、7月4.8%増。伸び率10年半ぶり低水準。ドイツGDP、4~6月0.1%マイナス成長。

欧中経済懸念を強め安全性を求めるマネーは米10年債への逃避を加速させた。米10年債の利回り下落も加速して、14日欧州時間で米2年債利回りより低くなる「長短逆転現象」が発生した。

金利の長短逆転現象は既に米10年債と3か月、6か月、1年債の「前座」の間では起きていた。しかし市場では「10~2は未だだから様子見。」との会話が交わされた。2年債との利回りスプレッドが最も代表性が高く「真打ち」なのだ。長短金利現象は不況の前兆とされるので、10~2の逆転は、危機ラインを超えたと市場では見做される。


では、なぜ不況の前兆なのか。過去の事例では10~2の長短金利逆転が生じると、数か月から1年以上のタイムラグを伴って景気後退に陥っているからだ。決して、いきなり不況になったわけではない。そのタイムラグの間には株価は上昇する事例も珍しくない。

それゆえ14日のダウ平均800ドル安はマーケットの初期ショック的反応といえる。「10~2逆転」との見出しにアルゴリズムが一斉に売り注文を発動させた。夏季休暇で商いも薄く値動きは増幅された。

では、この逆転現象が解消されるために必要な条件は何か。

総じて政策金利と相関の強い2年債利回りはFRBが決め、インフレ期待を映す10年債は市場が決めるとされる。

そこでまずFRBが利下げ姿勢を強めること。例えばパウエルFRB議長がトランプ政権が望む如く、9月に0.5%幅で利下げを示唆すれば、2年債利回りは急落しよう。世界同時株暴落ともなれば、9月FOMCを待たず、緊急利下げの可能性さえ市場では期待感を持って囁かれる。

とは言え、市場が動揺したから利下げするということになれば、マーケットは催促すれば利下げしてもらえると甘えてしまう。既に市場は先走り年内2回から3回の利下げを織り込んでいる。そこにFRBがゼロ回答すればマーケットは混乱する。昨年12月に利上げに動き市場が大変動して以来、FRBはマーケットの反応に常に神経質にならざるを得ない状況なのだ。FRBの政治的独立性が危ういが、マーケットのおねだりから独立することも重要であろう。

なお、FRBにはオペレーションツイストという金融政策手段もある。FRBが2年債を買い、短期金利を下げ、10年債を売ることで長期金利に上げ圧力をかける。FOMCが長短金利逆転を重要視すれば現実的な政策対応となろう。

一方、10年債利回りを相対的に上げるには、ハードルは高いがインフレ指標が改善することが条件となろう。既に7月米消費者物価指数はコアで2.2%上昇した。低インフレ現象が解消に向かえば、経済の体温計とされる10年債利回りが反騰しよう。

更に、米10年債は安全資産として買われるので地政学的リスクが後退したり、米中貿易交渉が進展すれば売られ、利回りは上昇する。


とは言え、過去の事例が今回の参考になるとは限らない。

何と言っても、米政策金利は2%台という歴史的低水準だ。マイナス金利も常態化している。それゆえ、この程度の長短逆転は新常態(ニューノーマル)かもしれない。

国債購入者が金利を払うという、どう見ても異様なマイナス金利に比べれば、長短金利が一時的に0.02%とか0.08%程度逆転する程度はノイズ(雑音)とも言えよう。


リーマンショックの有事対応として発動された非伝統的金融緩和政策が終了して金融正常化に向かうはずが、今や振り出しに戻りつつある。中央銀行は未知の水域での海図なき航海を強いられているのだ。その過程で一時的に長短金利が逆転することもあろう。

筆者はマイナス金利がいつまで続くのか、の方が気になる。

14日時点でドイツ10年債はマイナス0.65%、フランス10年債までマイナス0.37%水準にマイナス幅が拡大中だ。

あの財政不安のイタリア国債の利回りがプラス1.51%水準まで下がり、米10年債1.58%より低くなるという逆転現象の方が不気味だ。財政破綻したギリシャの国債でさえ2.07%水準だ。

先週はデンマークの銀行が10年もの住宅担保証券をマイナス0.5%で発行して話題になった。住宅ローン組めば金利が貰えるということになる。異常としか言いようがない。

欧州の国債はECBが量的緩和を再開することで、いずれECBに買ってもらえるという見込みがあるから、機関投資家はマイナス金利でも国債を買い続ける。彼らが追求しているのはイールド(利回り)ではなく、短期債券売買差益なのだ。

それゆえラガルド次期ECB総裁が緩和政策から引き締めに転換するまでは、マイナス金利深堀りも含め異様な状況は変わるまい。

株式市場の反応は緩和大歓迎なのだが、明らかな金利異変となると、さすがに不安感から売りが先行する。

そうなると金は早くも買い直される。

2019年