豊島逸夫の手帖

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金本位制と信用通貨制度

2019年4月5日

トランプ大統領のパウエル氏「口撃」が激化している。

パウエル氏との電話会話で「君という厄介者を背負い込んだようだ。I guess I am stuck with you.」と語ったと報道されたことがウォール街では話題だ。

批判の対象はムニューチン財務長官にまで及ぶ。

「ムニューチン氏があいつに決めた。 Mnuchin gave me that guy.」

更に人事面ではトランプ氏がFRBに二つの矢を放っている。

「子飼い」と見られるムーア氏とケイン氏を二つのFRB理事空席ポストに指名したのだ。

市場では両者が「金本位制支持者」であった過去が取沙汰される。

金本位制では通貨供給量に一国の公的金保有量に相当する金額という上限が課される。信用通貨制度の対極にあり、中央銀行の恣意的なオペレーションを否定する制度ゆえFRBの存在を軽視する見方にもなりがちだ。FRB議長も判断を誤ることがあるから、FRB議長の支配が及ばぬ金の価値に依存すべしとの議論にもなる。金本位制は「性悪説」、信用通貨制度は「性善説」とも言える。

そもそも金本位制は過去の遺物だ。金融政策が節度を欠く結果生じる過剰流動性バブルを抑止する効果はあるが、経済成長に見合った通貨量が供給できず金融政策が弾力的に運営できない。とは言え、欧米は外貨準備の6割以上を金で保有し、中国・ロシアは公的金準備を増やしている。これはドル不安の裏返しだ。金を買うという行為は米ドルに対する不信任投票と言える。

かくしてFRBの存在に疑義を唱えた人物のFRB理事指名が果たして上院で承認されるか。共和党が過半数を占めるとは言え、承認のための議会公聴会で厳しい質問に窮するような事態、或いは失言ともなれば承認も定かではなくなる。

なお、市場が恐れる最悪シナリオはパウエル氏更迭だ。

基本的に米国大統領はFRB議長を罷免できないとの見解が多数派だが、司法制度への人事介入でトランプ派を送り込む事例もあり絵空事とは言えない。

とは言え、仮に12名の参加者から成るFOMCにトランプ氏の意を汲む2名が加わっても、当面パウエル議長主導体制は揺らぐまい。FOMC参加者の金利予測分布を示す「ドット・チャート」に利下げ予測派が2名増える程度の変化となろう。FOMC議事録に「反対者2名」と書かれるような局面はあるかもしれない。トランプ氏の虎の威を借る2名がFOMCでの議論で過激な発言に及び、紛糾するような場面もあり得よう。

トランプ大統領にとって悩ましいことは仮に利下げしても株安となる可能性があることだ。利下げするほど米国経済は悪化していると解釈され、市場では政治介入露わな金融政策への不信感が強まり、株式市場が嫌気して株安を誘発するシナリオも考えられる。トランプ氏の思考は「株価本位制」と言っても過言ではないので、米大統領選挙を控え全てパウエル氏に責任転嫁するのだろうか。ムニューチン財務長官も「共犯」の汚名を着せられるのか。

そして、日本株もトバッチリを受けよう。米国が利下げすれば、ドル安・円高急進行リスクがあるからだ。

一方、米国の利下げはドル安・新興国通貨反騰を通じて新興国株に朗報となろう。新興国の中央銀行は、ここぞとばかり国内景気浮揚のための利下げに走っている。

FRBは実質的に世界の中央銀行だ。そこにトランプ氏が政治介入する影響は世界に及ぶ。

 

2019年