豊島逸夫の手帖

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金を巡る各国の思惑

2019年12月23日

米中経済戦争がエスカレートする中で中国はレアアースの禁輸をちらつかせています。レアアースは中国が世界生産の7割を占め、米国IT軍事産業には必須の素材です。まさにアキレス腱をついてきましたね。

中国の資源政策は実に国家戦略的です。ある素材が欠ければ、それを使った製品のサプライチェーンが崩壊するリスクがあれば、その素材をがっちり国内備蓄して備えます。

コバルトもその一例です。今や世界では中国が最先端を行く電気自動車に使われるリチウムイオン電池の製造にはコバルトが使われます。このレアメタルの主産国はコンゴなので、まず生産地に投資を試みます。次にコバルトを精製する中間過程を中国資本が押さえます。かくして川上から川中までコバルトを抑えれば、中国の電気自動車産業の競争力は堅固になります。

金もスマホ、パソコンの部品に使われるので、13億人の将来に亘る需要を安定的に満たすために、資源政策として金を国家備蓄する発想で動きます。いかにも全体国家らしいことは、国が穴を掘って金をタイムカプセルみたいに埋めておくのではなく、国内金市場を自由化して国民の金保有を促進する戦略をとることです。中国で売られる金地金には毎年十二支の動物が刻まれ、縁起物として春節などに買われます。言わば「金運のお守り」ですから滅多なことでは売りません。買いっぱなしです。その結果、中国国内には膨大な金地金が保有されています。中国政府としては、かくして大量の金が国境内に民間保有されていれば、いざという時には強制供出によって調達できるわけです。全体国家ならではの発想ですね。

一方で、中国は過去の対米輸出で稼いだドルの多くを米国債で保有してきました。その額は今や1兆ドルを超えます。それをこの際、経済戦争の武器に使おうというのです。米国債をNY市場で大量売却すれば米国の債券市場は大混乱に陥ります。ドル金利は暴騰してNY株価は暴落するでしょう。経済有事で金は買われるシナリオにもなります。

これまでは噂の域を出ませんでした。しかし今年の中国の米国債保有量は相当な減少を示しているので、ただの脅しからジワリ売却作戦開始の様相なのです。まだ始まったばかりですが、今後米中通商交渉が難航すれば切り札として使ってくるでしょう。要注意です。

一方、外貨準備の中の米国債を処分して、代わりに何を買うのかと言えば「金」。無国籍通貨、即ち発行国がない通貨ゆえ、ナショナリズムの匂いがしない点が中国には好都合なのです。外貨準備の7割近くを敵国通貨で保有していることは気持ち悪いものですよね。

次にトランプ政権が資源経済戦争を仕掛けている国がイランです。気性の激しいトランプ大統領はとにかくイランが大嫌い。一方、多くのイラン人は米国が大嫌い。これまでは欧州と共同歩調をとってイラン国内の核開発を抑制してきましたが、その「核合意」が遂に廃棄されイランは独自の核開発に動く様相です。

こうなるとイスラム教の宗派対立も絡み、サウジアラビアも対抗上、独自の核武装に動く可能性があります。何せサウジアラビアの実質的支配者であるムハンマド皇太子は、北朝鮮のキム委員長と比較されるほどの問題児です。何をやらかすか分かりません。しかもトランプ大統領にとってもサウジアラビアは米国製武器の最大顧客なのです。大統領選挙を来年に控え軍事産業は重要な支持基盤という事情もあります。

その結果、事の成り行き次第でペルシャ湾を挟みサウジとイランの核対立が一触即発になれば、原油と金は同時に急騰するでしょうね。日本にとっても中東原油輸送のアキレス腱である狭いホルムズ海峡が万一封鎖されれば、たちまち大打撃を被ります。

なお、これまでイランは経済制裁を受けドル送金が禁止されていたのですが抜け道がありました。ドバイ経由で金塊が対岸のイランの港まで輸送され、金での決済が可能だったのです。いかにも中東らしいですね。その金塊はスークといわれるドバイの貴金属店アーケードで買われるのです。アーケード商店街が全てゴールドショップなのですから壮観ですよ。そこには中央アジアから北アフリカまで多民族の顧客が集まります。我々プロもこのスークでの金販売状況を常にチェックしています。ドバイは金の国をまたぐサプライチェーンの中継基地なのです。

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2019年