豊島逸夫の手帖

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苦肉の利下げ、市場はパウエル氏に同情票

2019年9月19日

FOMCは政策金利を2~2.25%のレンジから1.75~2%のレンジへ0.25%切り下げた。

しかし3名の「造反者」が明記され、注目のドットチャート(FOMC参加者の金利見通し分布)も利下げに積極的なハト派と慎重なタカ派に大きく割れている。2020年以降は利上げ再開を見込む参加者も目立つ。かと思えば、目先は0.5%幅で利下げすべしとのブラード・セントルイス連銀総裁の意見も声明文に明示された。

まとめ役のパウエル議長も参加者全員に花を持たせる如く「タカ派的利下げ」のメッセージを市場に送った。

今回利下げするが、利下げ継続については否定しないものの要経過観察。個人消費など経済は底堅い。しかし輸出・企業投資面では不確実性が増している。通商問題など「外部要因」も無視できないので様子見(データ次第)とのスタンスだ。

前回記者会見で唐突に使い市場を混乱させた「(利下げは)中盤の調整」という表現は「緩やかな(モデレート)調整を注視」と抑えた言い回しになった。長期利下げサイクルの始まりではないとの断定は避けている。パウエル流、苦肉の表現と言えよう。

市場内でも米国経済見通しは大きく割れているので、パウエル氏が視界不良を語っても反応は同情的だ。

まず日本時間午前3時にFRBサイトで公表された最新経済見通しのドットチャートでは、予想よりタカ派が多かったのでダウ平均も急落した。しかし午前3時半から始まった記者会見でのパウエル議長のタカ派・ハト派両者のメンツをたてる如き説明に、取りあえずマーケットは株売りの槍を引っ込めた。「武士の情け」と筆者には映った。

要は官も民も「不確実性」という点では見方が一致するのだ。

但し唯一治まらないのが債券市場である。

指標性が高い米10年債利回りは急上昇した後も反落は限定的であった。

その最大の理由はFOMC開催と時期を同じくして生じた米国短期金融市場が発する異音だ。

マネー・マーケットで資金の需給がひっ迫して短期金利が急騰。瞬間的には2~2.25%のレンジ上限を突き抜けるという異常事態に調整役NY連銀の対応が後手に回った。

こういう事例が生じると、政策金利レンジを1.75~2%に切り下げるという意図を発表しても、果たしてその目標レンジを維持できるのか。債券市場は疑心暗鬼になる。

リーマン級のシステミックリスクが勃発したわけではないが、短期金利が制御不能となるリスクが図らずも暴露される結果になっているのだ。

FOMC後の記者会見でもこの異常事態に関する質問が集中した。

短期金融市場でマネー不足が生じた場合の金融当局の対策としては、まず民間銀行から預かっている準備金の金利を引き下げてマネーを民間市場に戻すこと。更には量的緩和を再開してマネー供給を増やす手段も視野に入る。後者については次回討議すると語り、これも経過観察処分となった。18日にもNY連銀の緊急資金供給は続いており、金利急騰を懸念する債券市場は臨戦態勢で実勢金利が大きく下がらないのだ。

中期的な視点では前回7月FOMC直後にトランプ大統領による対中追加関税電撃発表があり経済環境は激変したのだが、今回のFOMC声明文には大きな変化が見られなかった。かねてからパウエル氏は通商問題に対する金融政策の対応はFRBにとっても未知の水域と認めているので、市場は金融政策の限界を感じ取っている。次は減税など財政政策頼みかとマーケットは先取りする。

なお、日本市場が気になるドル高・円安傾向だが、米国債券市場で金利上昇傾向が続いているので金利差によるドル買い・円売りは当面続きそうだ。「安全通貨」首位の座をドルと円が僅差で競う展開も変わらない。

このような市場環境の中で今回の利下げは織り込み、更なる利下げも期待していた金市場は不完全燃焼だ。本音はパウエル議長の口から、もっと利下げ継続の断固たる発言を聞きたかった。しかしパウエル氏は言質を取らせなかった。その失望感から1490ドル台まで下落している。

やはり金価格は頭が重くなっている。長期マネーは順調に流入しているのだが短期マネーは出たり入ったり。もう今年も残るところ実質3か月ほど。8月に1550ドル突破した時が今年の高値であったという成り行きが現実味を帯びる。

今後は下がったところでムンバイ・上海・ドバイで首を長くして安値を待っていた現物購入者(所謂バーゲンハンター)が相場下支えの主役として注目されよう。インドは10月のディワリ(ヒンズー教祭典)が年間最大の金購入時期だ。NYの先物売りが一巡して新興国の現物押し目買いが噴出する時に今回の下げ過程での底値圏が形成される。1400ドルを下ることはあるまい。円建てでは円安気味なので下がりにくい。

イランに対してサウジ、米国、イスラエルが軍事介入ともなれば、一気に急騰の可能性も捨てきれない。

 

2019年