豊島逸夫の手帖

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パウエル議会証言でNY金は急落、円安137円台

2023年3月8日

昨晩米上院銀行委員会が開催され、パウエル議長が政策金利をこれまでの想定より引き上げ、且つ高水準を維持することを明言。市場の想定もターミナルレートが5%台後半から6%近くまで切り上がった。ドル金利は上昇。特に政策金利に連動する米2年債利回りが5%に接近。10年債は4%台。逆イールドは遂に100ベーシスポイント(1%)に拡張した。外為市場ではドル高円安。その結果金は売りを浴びた。KITCOグラフ赤線が示すように1810ドル近傍まで下落。

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但しこれからが本番。今週金曜日には米雇用統計。来週14日にはCPI、15日にはPPIと米小売売上高の重要経済指標が発表される。その直前の7~8日に米上院銀行委員会が開催されたわけで結果的にはこのスケジュール立てに無理があった。最新重要指標動向を確認した直後の16日以降にこの公聴会がセットされていれば、パウエル議長も「データ次第」で臨機応変の答弁ができたはずだ。例えば2月雇用統計で新規雇用者数が1月の50万人超から20万人程度に減少して、更に1月の数字が下方修正され失業率は3.5%と僅かながらも上昇すれば、パウエル議長もディスインフレーション傾向を語り続けることができたであろう。しかし2月雇用統計発表の3日前では「FRBはディスインフレーションをクリエイト(創造)すべく動いている」、「コアのインフレ率が下がってはいるが未だ十分とは言いかねる」、「これまでの利上げ効果を未だ全て確認できているわけではない」と暗中模索を想起させる如き答弁を繰り返せざるを得なかった。

しかも議会公聴会はパウエル議長を「被告席」の如き位置に座らせ、議員たちが2日間に亘り入れ替わり3時間近くも「尋問」する。中にはエリザベス・ウォーレン上院議員のように強いアンチFRB派もいる。多くの議員は金融政策には疎く、自らの選挙区での経済問題を引き合いに出す「パフォーマンス」が目に付く。7日には自らが10%の金利で長期融資を受けた「失敗話」を持ち出す議員もいた。

そこで思い出されるのはイエレン元FRB議長(現財務長官)の議会公聴会での対応ぶりだ。生粋の経済学者らしく、学生に対して噛んで含める如き説明を丁寧に辛抱強く3時間続けていた。同氏特有のブルックリン訛りも上から目線になりがちな答弁のトーンを中和させていた。対してパウエル議長は素っ気なく言ってのける傾向がある。昨晩は珍しく「中立金利」について議員の質問に答える形で説明していた。各議員の質問時間は10分と決められているのだから、イエレン流に丁寧に説明して時間を稼ぐ手もあったであろう。それが「議員との対話」の極意のようなものだ。

なお7日の米国株式市場ではダウ平均がパウエル議長証言の前後に亘りほぼ一貫して下げ続けた。通常は冒頭の金融政策報告書に関する議長声明読み上げに要旨が盛り込まれているので、市場の反応も最初の20~30分程度に集中する。

結局、昨晩のNY市場波乱は議員の質問へのパウエル議長答弁にところどころアルゴリズム売買を発動させるような表現が入ってしまったことも一因だ。例えば「引き締め過ぎを示唆するような経済データはない」。これではまだまだ引き締め余地が多く残ると解釈される。「サービス業セクターの頑固なインフレに対して我々ができることは少ない。(金融政策効果は)強いが鈍い」、これではお手上げ感が強い。「中立金利がどの程度か分からないことが問題だ」これも無力感が強い。

筆者は昨晩の公聴会長丁場の最中に所謂「HFT株式投機筋」の人たちともZoomで話し合ったのだが「パウエルさんのおかげで大儲けできた」との高笑いが印象に残った。
結局、重要経済指標発表直前のFRB議長議会証言というスケジュールは彼らには絶好の草刈り場となっていたのだ。10日の雇用統計後も来週にかけて更なる大儲けのチャンスがあるのでほくそ笑んでいる。金市場でも同じこと。

それゆえ筆者は昨晩の金1810ドルを気配値程度にしか見ていない。当面ちゃぶ台返しリスクが付いて回るからだ。まともなファンドは運用に関しては傍観に徹している。米短期国債で年率5%前後もいただけるのならそれで十分との考えだ。まずは何と言っても10日発表の2月雇用統計に市場の注目が常にも増して高まっている。そこからがNY金価格の「本番」である。

2023年