豊島逸夫の手帖

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国内は金売戻しラッシュ

2023年9月8日

一般メディアが「金1万円時代」を報じ始めたので、金買取店舗は金売り戻しラッシュの如き状況になっている。札幌でもデパートが早速「金買取コーナー」を即席で立ち上げた。

売り手の個人は「投資的売買」というより、箪笥の肥やしになっていた母の古いゴールドジュエリーを恐る恐る持ち込んでみたら「5万円も貰えちゃった、ラッキー」程度の感覚だ。そこで筆者が思い出すのはギリシャ危機の時のアテネ。現地では財政破綻した国の唯一の「成長産業」が金買取業とまで言われていた。確かに地下鉄の駅を降りると必ずと言っていいほど、駅前近くの立地に金買取チェーン「GOLD BUYERS」の看板が目に入ったものだ。実際に買取の現場も見てきた。悲壮な場面であった。明日のパンやオリーブオイルなどを買うため、母の形見であるゴールドジュエリーを泣く泣く手放すという事例が典型であった。「売れちゃってラッキー」という気楽な雰囲気ではなかった。欧州に流入した移民たちの間でも小さな金塊を毛糸で包み、ボタンに仕立て上げて、着用している洋服に付けて入国するという事例が見られた。

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日本の場合は投資として購入した金現物も大量に売られている。何せグラム1000円!の時代から金地金が買われてきたのだ。世界的に金価格が低迷していた時代でも日本だけは単に「安い」という感覚で大量に金が買われた。年間金需給統計でも日本の個人の買いが目立った時もある。所謂「なんぴん買い」或いは「バーゲンハンターの日本人」と海外では言われた。欧米のゴールドアナリストたちから「なぜ金価格低迷の時代に日本人は金を買いまくるのか」と訝り聞かれたものだ。しかし結果は1万円近くで売れるわけだから、日本人は世界有数の金投資家だと筆者は常々思っている。

インド・中国・中東でも「バーゲンハンター」は多く、金価格が安くなれば現地の金価格が国際的に割高になるほど買われてきた。但し日本人より金への文化的愛着が強いので、金が高値になってもそう簡単に手放す気はない。それでも歴史的高値圏の今現地に聞けば明らかに金の買取は増えているという。一人数十グラムの小さな単位でも世界全体として通年で見れば数百トンを超えるから、長期的金価格の頭を抑える影響があると言えよう。特に2000ドルを超えれば現地通貨次第だが現物売り圧力は強まる。但し売りの波が最も強くなるのは金価格が急騰後、下降を始める段階だ。店頭でも金地金を売るつもりで来店したものの、きょろきょろ店内を見渡し、店員に「今日は売りが多いの?買いが多いの?」とさりげなく尋ね、買いが多いと聞くとその日は売らずに帰宅するというような傾向も見られる。

投資で最も難しいのは「損切りの売り」ではなく、「利益確定の売り」のタイミングだ。自らの欲とのせめぎ合いだからね。最高値で売り抜けるなどという神技はプロでも超難関。投資家心理としては最高値を見てしまうと、その後下がったところで売ると損したような気分になるものだ。筆者も偉そうなことは言えない。「しまった。早く売り過ぎた。」とか「しまった。売りが遅れた。」と後悔することがある。ただプロゆえそうした欲を抑制する術は心得ているので悔しさを引きずることはない。今回の金価格上昇トレンドもいつ最高値をつけえるか聞かれるが分からないよ。ただ円安効果での円建て金価格最高値には中期的に警戒感を抱いている。

2023年